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カテゴリー  [ビジネス、職業、労働 ]

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仕事に関する名言 仕事とは? 

仕事の選択に迷ってる人、あるいは今の仕事を続けるべきか悩んでる人のための名言を集めてみました。

仕事には、1日24時間の3分の1、つまり人生の3分の1を費やすわけだから悩むのは当たり前です。

これらの名言は、ミュージシャンが自分の進むべきジャンル又は音楽性の方向に悩む場合にもきっと役に立つと思います。

仕事の選択に際しては、「自分は何がしたいのか」という観点だけではなく、「自分には何が向いているのか」「自分の強みは何か」という観点も必要になってきますし、ドラッカーの言うように「自分は何者か」ということにも思いを馳せるわけですから、時と場合によっては極めて悩ましいことになります。

まずは先人たちの言葉に耳を傾けてみましょう。


☆☆☆


己が選びたる仕事に通ずる路を得るまでには、むなしく求め、むなしく時期を経なければならぬのは、決められた運命というべきである。

          アルベルト・シュヴァイツァー


社会というところは、短期的に見ればアンフェアなところもある。しかし、長期的に見れば必ずフェアなものだ。それだけに努力さえしていれば、必ず誰かひとりは見ていることを忘れるな。

          紀田順一郎(評論家・小説家)


下足番を命じられたら、日本一の下足番になってみろ。
そうしたら、誰も君を下足番にしておかぬ。

          小林一三(阪急電鉄の創業者)


仕事は目的である。結果はたいした問題ではない

          志賀直哉


社会は一人ひとりの人間に対し、自分は何か、何になりたいか、何を投じて何を得たいかを求める。この問いは、役所に入るか、企業に入るか、大学に残るかという俗な問題に見えながら、実は自らの実存にかかわる問題である。

          P・F・ドラッカー


あらゆる者が、強みによって報酬を手にする。弱みによってではない。最初に問うべきは、我々の強みは何かである。

          P・F・ドラッカー


ハートに聞くとビジョンが姿を現す。外ばかりに目をやると見失う。だから心静かに自分の中にあるものを見つめてみる。

          カール・グスタフ・ユング


☆☆☆


「仕事」に対する考え方は人それぞれで、いろいろな考え方がありと思う。もしかすると、上記の名言を読んでますます悩みが深まるかもしれない。

仕事を「耐えるべき苦役」とか「人として負うべき業」と考える人もいれば、「私は一生涯、一日の仕事も持ったことはない。すべて慰みであったから。」と言い放ったエジソンのような人もいる。


私はどちらかといえば、「仕事は人として生まれた以上当然負うべき苦役である」と考えてしまいます。

でも、あくまで自分のやりたい仕事を目指すべきとも思います。

結局、自分自身で「納得」していることが大事なんだと思う。

納得していないと、仕事がそのままストレスになってしまいます。


でも、その「納得する」ということがまた難しいんですよね。

こんなにも多くの人が実際に働いているのに、「仕事とは何ぞや」という問いに対する答えが確立していないということは、ある意味で不思議なことです。

ニートが国を滅ぼすとまで言われているこの日本において、「仕事とは何ぞや」という議論が深まらないことにいささか不安を覚えますが、やはり結論を出すのは難しい。

飛躍するようですが、「自殺は罪か?」「生きることは人間の義務か?」という問題にも関連してくると思います。




仕事とはいったい何なのでしょう?

結論は出ずとも、問題意識だけは持ち続けて生きたいと思います…。


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愚直が勝てない世の中なのかな…? 

最近はこの手の言葉が心に響きます…。


☆☆☆


事を遂げる者は愚直でなければならぬ。

才走ってはうまくいかない。

          勝海舟(江戸時代の幕臣)


☆☆☆


「才走る」とは、

大辞泉では「才知が鋭く働く。才気にあふれる。また、利口すぎる。」

広辞苑では、「才気がありありと現われる。才気が勝ってよくない結果を招く。」


そして「才気」とは、大辞泉によれば「よく気がつき、巧みに物事を処理する知的能力。」


ライブドア元社長のホリエモンなんかは、「才気溢れる」という形容がピッタリだったかもしれません(逮捕前の話ですが。)。

愚直さはなくとも才気があれば勝ち残れてしまいそうに見えるのが昨今の世の中の情勢。

才気にまかせて突き進んでしまう人が多いように見受けられます。


集客の方法ひとつとっても、

確かに、パソコンなど触ったこともない人が日本一のネジ職人を目指すといっても難しいのかもしれません。

でも世界一ならまた違うような気がします。


ウサギとカメの話さながら、最終的には「愚直」が「才気」に勝つような気がします。


それを裏付けるようなエジソンの言葉があります。


☆☆☆


私はいまだかつて、ちょっとした偶然でなにか値打ちのあることをなしとげたこともないし、私のいろいろの発明のいずれも偶然になったものはなかった。

それはけんめいに働くことによってできたものである。


          エジソン(アメリカの発明家)


☆☆☆


「愚直さ」「懸命さ」は必ず勝利をもたらすと信じたい。

おめでたい発想と言われようとも、そう信じたい。


大手スーパーの進出で売り上げが大幅に落ちた八百屋さん。

それでも、少しでも新鮮で、少しでも安い商品を店頭に置くように努力を重ねれば、いや、世界一新鮮で、世界一安い商品を店頭に置けば、

きっと大手スーパーには負けないはず。

でもその「世界一」が難しいのかな。 それこそ才気が必要なのかもしれない。


いかんいかん。 話がひっくり返ってしまう。


バーナード・ショーに助けを求めよう。


☆☆☆

私は若いころ、十のことをすると一つしかうまくいかなかった。

だから、十倍、努力をした。

          バーナード・ショー
          (ノーベル賞を受賞した英国の劇作家)

☆☆☆


しかし、ビジネスに関してはなんと言うべきか?

正直、「愚直さ」だけで勝ち残っていけるのか?

(↑ 結局ひっくり返してしまった…。 )



うーん…。

何十年も前の名言がこの現代に通用するのか、いささか疑問ではある。


大資本を有する者、IT技術を駆使する者、制度に守られた者のみが勝つ世の中に移行しつつあるんだろうか。

一発逆転を狙うようなギャンブル思考の人たちが増えつつあるような気もします。



決して望ましい姿ではない…。


決して…。



財務諸表に人間が載る日… 

今後、社員を数値的に評価するという試みは一応なされていくだろう。

現に、社員を一種の無形資産として会計的に評価しようとする研究を行っている学者もいる。

今日本で採用されている会計基準では、人間は資産とみなされてはいない。

当然だ。あまりにも難しいし、客観的に評価しようにもその人の能力や将来性や倫理意識なんてものは、外から容易に分かるものではない。

評価したとしても、それは「主観的」であるし、どのくらい主観的であるかというその度合いも企業によってまた測定者によってマチマチであろう。


所詮、実現することのない試みだとは思うが、愚かな試みと切り捨てるのは少々性急なのかもしれない。

思うに、企業とはつまるところ人の集まりである。


企業の業績や将来性を評価すると言っても、結局はその企業に属する人間集団を評価しようとしているのである。

ただそれができないから、貸借対照表や損益計算書を始めとして、その企業の有する知的財産権(特許権とか実用新案権とか。)の数や、経営戦略のとり方や、さらにはいわゆるHSSEポリシー(Health, Safety, Security and Environment)の有無などから、その企業、すなわちその企業を形成する人間集団の価値や将来性を判断せざるを得ない。

財務諸表なんてものは、いわば「代替的な手段」にすぎないのである。

本当は社員を評価すべきである。
もちろん保有資産の多寡や、事業の収益性なんかも重要なファクターではある。これは当然である。しかし社員という人的資源を無視して企業の評価などできるわけがないと思う。少なくとも私は。


理想を言うならば、社員の倫理意識をも評価すべきであろう。結局は会社の命運を左右するものですから。

それからいわゆる「やる気」ですね。

さらには「洞察力」も評価すべきである。
これなくして持続的な成長なんてあり得ない。


この考え方に近い方は決して少数ではないと思う。

しかしこれを会計上、数値化して資産として計上するとなると、ほとんどの人が首を横に振るだろう。

その気持ちはよく分かる。
ほとんど実現不可能とさえ思われる。

ではあきらめるのか?


そう。

やはり諦めるべきであろう。


ちょっと前に「EQ」なんて言葉がはやりましたが、これも数値化するのはほとんど無理である。


企業の将来性や力強さを正確に測るという試みは今後必然的になされていくであろうが、無理なものは無理である。


大体人の心の動きなんて誰にも分からない。本人にさえ分からない。


となると、やっぱりデイトレードなんてものは結局、「ギャンブル」に過ぎないということになる。


最近は、なんのかんのあっても日経平均株価や東証株価指数が好調であるけれど、私に言わせれば、どこまでいっても株式投資というのは「ギャンブル」である。


当面は昇り調子が続くでしょう。
日経平均株価20000円もあり得ると思う。



でも、でも、忘れたんですか?

バブル崩壊の教訓を。



結局は「ギャンブル」なんだということをよくよく理解したうえで、慎重に投資をすべきである。

ヒューザーみたいな会社は、いっぱいあるんです。一見業績は好調でも、一寸先は闇です。


人的資産の評価に限界がある以上、株式投資なんてものは、どこまでいっても「ギャンブル」であるということをよく認識されたい。



なんか偉そうな言い方をしてしまいましたが、投資にリスクがつきまとうのは当然です。

あまり踊らされないように注意を喚起したく思いました。


不快に思った方がいたなら、どうもすみません。

投資が悪いと言いたいわけではないのです。
投資にはリスクが必然的に伴うのであるから、そのリスクに対する備えをした上で投資に励みましょうと言いたかっただけです。


私は昔ギャンブルにはまりました。
パチスロです。

まだ完全に縁を切ったとはいえないのですが、その怖さは身に染みています。

あれこれ言ってきましたが、
なにかの参考になれば幸いです。

ご清聴、まことに有難うございました。



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