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カテゴリー  [心のつぶやき ]

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スーザン・ボイルの歌に不覚にも…。 

ポール・ポッツ(paul Potts)という豊かな才能の持ち主を発掘したことで、日本でも一部で有名になった英国の番組「Britains Got Talent 2009」。

この番組で、女性版ボール・ポッツとでも言うべき人材が再度発掘された。
何で知ったか知らぬが、ネットなど全くやらぬわが母までもが知っていた。
ワイドショーか何かでやっていたのでしょうね。

その者の名は、スーザンボイル(Susan Boyle)。
スコットランド・ウェストロージニア州に住む47歳の女性だ。
やや、というかかなり太めで比較的高齢だったことから、自己紹介の場面では失笑を買っていたわけなんですが、彼女がレ・ミゼラブルの「夢やぶれて(I Dreamed a Dream)」を歌い始めると、観客や審査員の反応が一変する。

ポール・ポッツも素晴らしいと思ったが、この人の歌は何か特別だ。
30回以上はyoutubeの動画を見ましたが、30回目に聞いても不思議と涙がにじんでくる。
「夢やぶれて」の歌詞が彼女にマッチしていたというのもあると思うけど、決してそれだけではない。
感動させる何かが彼女の歌にはあるのだ。

魂が震撼した、とでも言えばいいのか。

魂が震撼するといえば、尾崎豊が夜のヒットスタジオに出演した際の熱唱(太陽の破片 尾崎豊)が思い出されますが、尾崎とは何かまた質が違うのかな。とにかく何度聞いても涙があふれてくる(3回に一回ぐらい)。

キスもしたことがないという彼女の処女性が歌の素晴らしさに影響しているという考えは、さほど正しくはないと思う。

あえていうならば、彼女の真っ直ぐさでしょう。

その辺は尾崎豊とも共通するのでしょうが、彼女の場合は、真っ直ぐさと無欲さに加え、歌に対する純粋で無心な愛着まで感じてしまう。

彼女は歌唱力も一級品なのですが、それだけの歌手なら掃いて捨てるほどいる。
スターダストレビュー・と小田和正とのコラボによる「木蓮の涙」なんかも素晴らしいのですが、所詮は今現に豊富にある何かを出しているに過ぎない。

歌手はビジネスとしての一形態であるから、魂を削りとって歌うなんてまねは通常はありえない。
だから職業歌手の歌には、一部の例外を除いて、本当の意味で感動できない。
そう思うのは私だけではないはず。


スーザン・ボイルが商業主義に飲み込まれて、その純粋さを失わないことを切に希望します。
聞いたことのない人は、とにかく一度彼女の歌を聴いてほしい。

さて、もう寝ます。
三時が迫ってる。

早寝早起きができる日が早く来るように…。


なお、スーザン・ボイルのyoutube動画は以下のとおりです。

歌は心【完全版】/スーザン・ボイル (日本語字幕つき)

Susan Boyle - Britains Got Talent 2009 Episode 1 - Saturday 11th April


同じ番組のこの男の子も凄かったなあ。是非ご視聴くださいますように。
       ↓
Shaheen Jafargholi - 12 Year Old Singer - Britains Got Talent 2009 Ep 2

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重苦しい心境を詩にしてみました…。 


闇ではない。真っ暗な何かではない。
だからといって灰色でもない。もちろん白でもない。

色さえ定まらないような時空で重苦しい空気をただただ感じている。
姿の見えない強固な輩が私をじわじわと追い詰める。
「現実」としばしば称されるものが相手と決め付けることはできない。
その「現実」には私が組み込まれているのだろうから。

社会とこの自分自身が渾然一体となった忌まわしい存在が私を押しつぶす。
その責任は紛れもなく私にあると、恐ろしく大きな声で宣言しながら。

自由であればあるほど責任が牙を剥く。
その牙の前に、夢や希望という美名は空しく消えゆく。

あれほど慕った仏陀の教説や基督の垂訓もあまりに遠くて耳に届かない。
眼前に迫る現実の厳しさに、己の怯惰のみが体を支配していく。
我の勇猛心は実体をなさずに意識の彼方へ隠れてしまった。

諸説紛々の世の中にあっては、全てが疑わしく、惑うばかりの私。
最後に残されるのは自分自身への信頼。
その自分が信じられなければ、全ては終焉に向かって嘆息することとなろう。

万古不易の天空が私を嘲笑っているのを感じる。
天は何も変わっていないのに、我の心は転々と流転している。

不動心。平常心。
簡単なようで、なんと難しいことか。

降り立つ場所を見失った鳥のように私はさまよう。
地に足がつかない心境というべきか。

絶望に疲労心は伴わない。
疲労する場所もないのが絶望だ。

疲労できることの幸せよ。
疲労すらできない者の悲しさよ。

それでもなお、人は生き続けようとする。
生きることの尊さを感じるが故に。

笑顔の力 


2005年8月16日にこのブログで初の書き込みをしてから、はや2年4ヶ月を経過した。
アクセス数は現時点で399,530。 明日あたりに40万に達すると思われる。

自分自身のアクセスが4分の1あるとしても、のべ30万回も誰かが見に来てくれたわけだ。


このブログは誰かの役に立ったのかな?

アフィリエイトで儲けたいなんて気持ちも当初はあったけど、日々のジュース代にもならない状態が続いていて、そんな期待もとっくに失せてしまった。


ブログをやるからには、何らかのジャンルでトップレベルのブログにしたいとも思っていたけど、いつの日からかヤフーに嫌われ、名言の分野でも名言.comさんに遠く話されることとなっている。

名言をメインにしたブログを、なんて思った動機はなんだったのだろう?



やはり、自分自身が幾多の名言に勇気や元気をもらったからなのだろうな…。

でも正直、言葉だけじゃ人は動かないとも思っている。

人を動かすには言葉だけじゃダメなんだ。



では何か?

それは分からない。


生身の人間から色々な影響を受けて今まで生きてきたけど、「この人の影響で私は変わった」なんて経験は私にはない。無論、私が影響を与えたという経験もない。

気付かないだけかもしれませんけどね…。


他人の人生観を変えるなんて荒業は、その人がよっぽど真摯に、かつ、賢明に生きていなければなし得ないことだ。

そんな偉業はそこらに転がっているものではない。



結局は自分自身との不断の戦いなのかもしれない。

自分に打ち克つ、なんて言うとカッコいいけど、自分を自分で変えることほど難しいことはない。



そんなオレでも、「これは人を変える」と断言できるものがある。

それは笑顔だ。


どんな重いトラウマを持った人でも、どんなに頑固な人であっても、笑顔は人を半ば強制的に変えてしまう。もちろんいい方向に。

これは実体験から言うことなのだけど、どんなに惨めで屈辱的な体験を持った人であれ、優しい笑顔はその人を変えてしまう。


ただの笑顔じゃない。

一時的な笑顔じゃないのだ。



どこまでもどこまでもあなたを受け入れるよ、っていう深い愛に基づく笑顔が人を変える。

私にそんな笑顔ができるかな?




今はまだ無理だ。

でもそんな人に私はなりたい…。

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