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 2005年11月 

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職業の専門化・細分化について。 

いろいろしなければならないのに眠い。
なんだろ。

何が原因なんだろう?

運動不足解消を兼ねてポスティングのアルバイトをやっているのだけど、今日は800部ほど配布してきた。20日ぶりぐらいだったので結構疲れたのだけれど、そのせいだろうか?

それともストレスか。

ストレスだろうな…。

結構、精神的にまいってるし。

しかしストレスって何だか漠然とした概念だなあ。誰が言い出したんだっけ。確かセリエ博士だったな…。生理学者かなんかだったような気がする。

ただ「ストレス」という概念を作り出したということで有名なんじゃなくて、ねずみの実験で何か画期的な発見をしたということでその名が知られるようになったそうだ。

詳しいことはよく分からない。

「ストレス(刺激)の如何にかかわらず、そのストレスに適応していく際の過程と反応が似通っていること」を発見したらしい。

理屈だけからいうと、全ての病気について同じ治療法が成り立つということになる(らしい)。

なんでもそれが理由で、当時の医学界になかなか受け入れてもらえなかったということだけど、何でしょうね。

病気の治療法に新しい可能性が見えてきたんだから、もう少し好意的に受け止めればいいのに。

おまんまの食い上げになっちゃうと思ったのかな?
確かにそんな治療法が発見された日には、お医者さんも真っ青でしょうね。今まで培ってきた医療技術の価値が下がっちゃうんだから、自分のところに来る患者さんも減るでしょう。

それにしても、
(ストレスのことはともかく)

医者って、

病気を治すのがその使命であるのに、
病気がなくなっても困ってしまうという、
実に中途半端な職業だ。

言い方は悪いけど、
人の不幸で飯を食っているわけだ。

弁護士も大体そんなところかも。

特に現代においては大方の職業について専門化、細分化が進んでいるから、ちょっとした社会情勢の変化が収入に影響を与えるということが往々にしてある。

技術の進歩然り。法改正しかり。社会的な事件の発生然り。

逆に言えば、職業が専門化・細分化すればするほど、法改正などが猛反発を食らうことになる。

日本の水道にフッ素を入れないのは何故か?
歯科医師たちの反発?
虫歯が減って歯医者の収入が減りかねないから?



結果的に社会は進歩しにくくなる。

消費者の安全・衛生は置き去りにされていく。

仕方がないのかな。

時代が進むにつれ職業が専門化・細分化していくのはある意味で必然的ですから。

それに、
本当に良いものは、そんな反発をものともせずに広がっていく。

また、あまりにも消費者が置き去りにされていると、いつか大事件となって露見する。

最近テレビや新聞をにぎわしている耐震強度の偽装もそうであろう。


大体昔から、鉄筋を数本抜くなんてことは行われてきたのである。そしてそれは施工会社の実入りになるわけである。

バレなければいいという精神性。

日本人独特とは思わないけど、日本人は比較的多いような気もしないではない。

「バレなければいい」というのは、信仰・哲学・信条といったものが乏しいということかもしれない。

ビジネス哲学みたいなものは持っている人も多いかもしれないけど、人の道についてはどうだろう。

祖父母、両親、恩師などの教えを心に刻んでいるというような人もいるだろうけれど、せいぜいそれまで。

何らかの健全な宗教を信仰している人はこれに当てはまらないだろう。
しかしそんな人は諸外国に比べて非常に少ない。


その1つの証左がいわゆるアダルトサイト。

そんなに見ることはないのだが(いやほんとに)、
日本のサイトの場合、なにか謳い文句で引き付けておきながら、いざその画像なり動画なりを見てやろうとクリックすると、ランキングサイトに誘導されたり、あるいは関係ない画面を経由させられたりと、すんなり目的地に行かせてもらえないことが実に多い。挙句の果てに最初のページに戻ることもある。うんざりといった感じ。そのほとんど見ることはありませんが(いやほんとに)、海外のサイトはそんなことはほとんどない。

もう1つ証左を挙げれば、小泉首相。

ほめたいところも一杯あるのだけれど、
あの人には本当の意味での哲学・信念があまりない。
今までで一番ましな気はするが。


なんだか日本人について悲観的になりそうですが、

裏を返せば、日本人というのは、宗教・思想を始めとして何にも染まっていない、すなわち「純粋」だと言えなくもない。これを日本人の隠れた美徳という人もいる。

美徳どころか、「世界を救う」みたいな言い方をする人もいる。


まあ、それはやや大げさですが、日本国民の大多数は善良だと思いますのでさほど悲観的になることはないかもしれません。

あれこれいったけど、
私は日本が好きだし、日本人が好きです。


もっといい国になるよう手助けができたらなあと思います。



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「牛角」の掛け声についてふと思う。 

焼肉屋で「牛角」というのがあるけれど、
とても元気のいいお店である。
そこへ何ヶ月ぶりかで知人と食べに行って、ふと感じた。

しかも、お店を出てから約6時間後になって。

掛け声である。
元気なのはとてもよいと思う。
サービスもいろいろあってよいと思う。

誕生日の一週間前後に来店した場合は「ハッピーバースデイ」の歌を歌ってもらえて、さらにデザートやケーキをサービスしてくれる。

お店での張り紙に従ってケータイサイトでアンケートに答えて抽選(その場で抽選される)で当たると、ドリンクなどがサービスされたりもする。最高100万円だそうだ。(ちなみにハズレ)

1時間後にはメールが送られてきて、さらに抽選するチャンスがもらえる、というのも悪くはない。またアンケートに答えなければならないのは少々うざったい気もするけれど。(ちなみにまたハズレ)

最後にはさらに紙が配られて、感想など記入してお店に渡すと今度はもれなく1000円サービスになると説明された。

店員さんの感じもよく、最後までまあまあいい気分でした。


ふと思うのは、
「はい、喜んで」の掛け声のこと。

牛角は開店直前に掛け声の練習をやるので(鶴ヶ峰店だけかもしれないけど)、外で開店を待っている客にも元気のいい声が聞こえてくる。

体育会系というやつですね。

古本のBOOKOFFなんかもそうだけど、当然、あの大きな掛け声は自然な気持ちから出しているものではない。

それはみんなわかってるし、またそうだからといって特に不快に感じるわけでもない。

「いらっしゃいませ!!」とか「またお越し下さいませ!!」とか「お客様お帰りで~す!!」とかの大きな掛け声は別によいのだけど、

なにか客から頼まれたときの
「はい、喜んで!!」  って?

お店の方針で半ば強制的にそういう掛け声をすることにしてるのだから、「はい、喜んで!!」は矛盾してないだろうか?

すっかり慣れてしまったので今までは何とも思っていなかったけれど、やはりなにかが不自然なのだ。

極端に言えば、悲痛な顔をして涙まで流しながら「私はなんて幸せ者だ!この時が永遠に続けばいいのに!」と叫んでいるような感じである。(ちょっと極端すぎかな…)

私がひねくれ過ぎているのかもしれないけど、「喜んで」なんて言葉は、ほんとに喜んでする気持ちがあるときにだけ言って欲しい言葉である。

こういう言葉は使い方が難しいと思う。あんまり「喜んで!」とか「光栄です!」とか連発すると、かえって空々しく嘘っぽい感じがして相手の反発を買うことだってあり得る。基本的には、喜んでやっているかどうかなんてのは態度で示すものであり、また態度で分かるものである。

まあ、お店での掛け声だから、反発を感じるなんて人はほとんどいないと思うけど…。


何か別の言い方を提案したいところだけど、んー、なかなか難しいですね。「了解しました!!」も変だし、「有難うございます!!」だとマゾみたいだし、「少々お待ち下さい!!」って大声出すのもおかしいし、「かしこまりました!!」っていうのもちょっと……。


まあ、良しとしようかな。
焼肉おいしかったし。


最後に名言を三つほど。



☆☆☆


有益な言葉は飾り気のない口から出ることが多い。

              シラー


小さな親切、小さな愛の言葉が地上を天国のように幸福にする手助けをする。

 ジュリア・エー・フレッチャー・カーニー


激しい言葉は理由の薄弱さを物語るものである。

              ユーゴー


☆☆☆




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申し訳ありませんでした! まさかこうなるとは。 

過去記事をまとめて微調整してたら、ビジネスジャンルの新着エントリー欄を半ば占領するような状態になってしまいました。
初投稿時の日時でエントリーされるものと思い込んでいました。ちゃんと指定しないとこうなってしまうんですね。
みんさん、本当にごめんなさい。



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アメイジング・グレイス(Amazing Grace)の歌詞 

アメイジング・グレイス(グレース)と言えば、ドラマ「白い巨塔」のBGMに使われて、いまだに耳にその旋律が残っている人も多いのではないでしょうか。最近では、白血病で亡くなった本田美奈子さんのアルバムの中のアメイジング・グレイスがその報道とともにバックに何度も流れていました。本田美奈子さん、亡くなられて残念です。昔ひそかにファンでした。

アメイジング・グレイスというのはアメリカなどでは最もよく歌われる賛美歌の1つであり、きわめてスタンダードな楽曲です。

私も教会その他で何度も聞いたことがあります。ただ、歌詞を覚えようとはしなかったので歌えるのはせいぜい
「アメイジン~ グレイ~ス ハ~ウ … ?」
とここまででした。

最近あるサイトで英語の歌詞を見つけたので思い切って掲載したいと思います。

著作権ですが、歌詞については作詞をしたジョン・ニュートンという方(作者不詳とされることもありますが。)が亡くなってから50年どころか300年ほど経過していますので問題ありません。

問題があるとすれば日本語訳の方です。
こちらには翻訳者に著作権が発生していると考えられるので勝手に全文を掲載するわけにはいきません。

そこで、多少参考にしながらも独自に訳してみることにしました。
併せて発音の仕方をカタカナで表記してあります。
カタカナで表現しきれるものではないし、表現すべきではないというのが私の持論ではありますが、この際カタカナで表現することにします。
できればCDなどを購入してきちんとした発音を覚えるほうが良いと思います。

では、紹介します。


Amazing Grace(アメイジング・グレイス)

Amazing grace, how sweet the sound
アメイズィング グレイス ハウ スウィート ザ サウン
驚くべき神の恵み なんと優しい響きであることか

That saved a wreck like me
ザッ セイブ ア レック ライ ミー
神の恵みは私のような荒れ廃れた者をも救って下さった

I once was lost but now I’m found
アイワン ウォズ ロスバッナムファウン
かつて道を見失い絶望していたけれど今は神によって救い出された

Was blind but now I see
ウォズブラインドバッナウアイスィー
かつては何も見えなかったけれど 今は見える



‘Twas grace that taught my heart to fear
ウォズグレイスザッ トー マイハー トゥー フィァ
神の恵みによって、神をおそれる知恵を与えてもらった

And grace my fears relieved
エングレイス マイフィズ リリーヴ
神の恵み これによって生きる不安から救われた

How precious did that grace appear
ハゥ プレシャス ディザッ グレイス アピィーァ
なんと貴重なことだろう その恵みが現れたのは

The hour I first believed
ジアゥワア アイ ファースビリーブ
私がはじめて信じたのはまさにこの時



Through many dangers, toils and snares
スルーメニ ディンジャーズ トォィルエンスネア
多くの危険、労苦、そして誘惑の果てに

I have already come
アイハオーレディ カム
やっと気がついた

‘Tis grace have brought me safe thus far
イズグレイス ハヴ ブローミー セイフ ザスファー
これまで無事に生きてこられたのは神の恵みがあったから

And grace will lead me home
エン グレイス ウィ リー ミー ホーム
神の恵み それはこれからも私を天国へと導いていく


以下は4番から7番までの歌詞ですが、
翻訳とカタカナ表記は割愛します。
(すみません。)


The Lord has promised good to me,
His Word my hope secures;
He will my Shield and Portion be,
As long as life endures.

Yea, when this flesh and heart shall fail,
And mortal life shall cease,
I shall possess, within the veil,
A life of joy and peace.

The earth shall soon dissolve like snow,
The sun forbear to shine;
But God, Who called me here below,
Shall be forever mine.

When we've been there ten thousand years,
Bright shining as the sun,
We've no less days to sing God's praise
Than when we'd first begun.


カタカナ表記だけで歌うのはすごく難しい曲なので、
やはり何度も聞いて間の取り方などを覚えていった方がいいと思います。

でもほんとに綺麗なメロディですよね。

またこれはという曲があったら、
紹介してみたいと思います。




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ヘレン・ケラーの言葉から 

何が人を行動に駆り立て、物事を成し遂げさせるのだろうか?

信念か、愛か、欲か、それとも夢か?

ヘレンケラーは次のように言っている。

「物事を成し遂げさせるのは希望と自信です。」


愛も信念も、そして欲も夢も、行動の原動力となりまた牽引力となるということには異論はない。他にもあるであろう。

しかし必要不可欠なのは、希望である。

夢と何が違うかというと、
夢は、実現可能性を度外視して設定されるある理想像であるのに対し、
希望は、実現可能性そのもの、あるいは一定以上の高さの実現可能性であると言える。

「自信」というのも、行動の原動力という観点から捉えると、ほぼ希望の同義語と言っていい。

これらが何もないところで人は行動できるものだろうか?

そもそも可能性なんてものは主観的なもので、どこまでいっても最終的にはその人の経験や知識によって確定されるものではある。周りの人が5%の可能性があるだの90%の可能性があるだの言っても本人が納得しなければ決して希望とはならない。

問うべきは、
本人自身が何らの可能性も感じていないことを行動しうるのかということである。厳密に考えれば、ほんの0.1%も可能性を信じられなければ人は原理的に行動に移すものではないと思う。

逆に言えば、行動に移すということは例えやけくそになった時や酔っ払った時であっても少しは信じているということになる。

しかし、一般的にはあまりに可能性が低いと感じるときは人はなかなか行動しないものである。

あるとすれば、「だめもと」というノリで行動するときである。

でも、
これが上手くいったりするんですよね。

まさに人生やってみなきゃ何とも言えないわけです。

言いたかったのは、
希望がなければ人は動けないということと、
希望があるならば余計なことを考えすぎずにまずは行動すべきということである。

関連のある名言をいくつか紹介しますので、よかったら読んでみてください。


 ☆☆☆

あなたの顔を日の光に向けていなさい。そうすれば影を見なくてもすみます。いつも真理に目を向けていなさい。そうすれば、あなたの心から不安や心配は消えます。
       ヘレン・ケラー


ある事を真剣に3時間考えて、自分の結論が正しいと思ったら、3年かかって考えてみたところでその結論は変わらないだろう。
       フランクリン・ルーズベルト


いったん目標を決めて紙に書き出したら、朝も昼も夜も、いつもそれについて考えよう。そして、一つだけ自分に問いかけるのだ。どうやって?と。どうやってその目標に到達できるかだけを考えればよい。達成できるかどうかと悩む必要はもうないのだ。
       ブライアン・トレーシー
       (著名な講演家、
        経営コンサルタント)


思い立ったら6分以内に行動せよ。

       フランク・ベトガー
       (全米1にもなった
        伝説の販売外交員)


 ☆☆☆


ここまでお付き合いくださり有難うございました。
また来てもらえると嬉しいです☆




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