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 2006年02月 

死ぬまでに一つの心だけにでも… 

モーリアックという人の言葉です。
名言というのはこういう言葉のことを言うのかもしれません。


☆☆☆

死ぬまでに一つの心だけにでも、深く分け入ることができたら、それで幸せとしなければならない。

      フランソワ・モーリアック
      「蝮(まむし)のからみ合い」より

☆☆☆


フランソワというと女性のように思うかもしれませんが、この方は男性です。フランソワーズだと女性になるようです。フランス語はさっぱり分からないのですが、多少フランス語を知っている人にとってはわりと当たり前のことのようです。モーリアックはモーリヤックとも表記されることがあります。

この方、一応カトリックの作家などと呼ばれているようですが、その作品は「癩者への接吻」「キリスト者の苦悩」「愛の砂漠」「テレーズ・デスケイルー」といった感じで、どちらかと言えばカトリック教徒から非難を受けそうなタイトルです。実際、小説の内容について何かと非難を受けていたようですが、詳細はよく分かりません。

「テレーズ・デスケイルー」という作品で1952年にノーベル文学賞を受けているのですが、この作品には私はとても興味があります。

名家に嫁いだテレーズという女性が主人公なのですが、このテレーズが徐々に夫に対して嫌悪感を持ったか、あるいは自分の置かれた立場や役割に嫌悪感を抱いたのか、とにかく旦那に砒素を盛って毒殺しようとするわけです。そういう怖い女性の話ということになっています。

このモーリヤックという人は、フランス心理小説の最高峰などと言われる人で、利己心や愛欲といった人間の内面のどろどろした部分を鋭く執拗に描いた作家として知られています。作家として一種独特の地位を築いたといってもいいと思います。

この「テレーズ・デスケイルー」はまだ読んでいないので、自分のためにも、近いうちに是非読んでみたいと思っています。

旦那に対して
「大体この人は毛が多すぎる」とか思うようになり、
徐々に嫌悪感を募らせていくとのこと。

しかし毛が多いことなんて結婚当初から分かってたはずでは?


しかしありそうな話です。
リアルです…。


そうそう、忘れるところでしたが、
冒頭に引用した名言。

こういう言い回しは本当に独特です。

奇をてらったわけでもなく、また単純でもない。
テレビドラマや映画なんかに出てきそうで、まず出てこないような言葉。

こういう言葉は、モーリアックの人生そのものから出てくるものであって、ちょっと頭をひねって出てくるようなものではない。



その言わんとするところは、深く、そして重いと思います。

マザーテレサは「愛の反対は無関心だ」と言いましたが、逆に言えば、愛することは相手を知ろうとすること、ということになります。

つまり、関心をもつということ。


この「関心をもつ」ということがない所には「愛」はない。

なにか1+1=2のように納得できます。



モーリヤックの言葉は、このマザーテレサの言葉とは多少意味合いが違うとは思いますが、どこか重なってるように思います。

私自身のおぼろげで気取ったモットーに、
「たとえ一瞬でもいいから、誰かを本当の意味で愛せたのなら、次の瞬間死んでも本望である」というのがあります。

誰かが言った言葉なのか、あるいは自分で思いついた言葉なのか、何だかよく覚えてないのですが、今でも一応自分のモットーです。


モーリヤックの言葉は、このモットーにやや近いどころか私にとってはほとんど同じ意味です。

他人の心なんて100年一緒に暮らしたって、きっとこのモーリヤックの言う意味では、そうそう分かるものではないと私は思います。

だから安易に「あの人のことは知り尽くしている」などと思わないほうがベターです。

その時点で相手を知る努力を放棄していますから。


努力をして相手の心に深く分け入ることができ、理解できたということは、その人を深く深く愛したということに他ならないと、

あえて断言しましょう。


ご清聴どうもありがとうございました。



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海と子供の写真、「みゆき」のラストのよう…。 

お気に入りの画像をUPしたいと思います。

前からこのブログのどこかに貼り付けようと思っていた画像ですが、どうしてもこの流星雨の背景に合わなくて、保留にしていました。

見るたびに心がすーっとやわらかに広がっていくような気がします。
なにか懐かしい感じのする写真です。


bari-sea-l.jpg


あだち充の名作で「みゆき」という漫画がありますが、その一番ラストのシーンとダブります(涙)。

その場面には、H2Oというミュージシャンの「想い出がいっぱい」の歌詞が添えられて…。


音楽が鳴っているわけではないのに、そこには確かにあのメロディーが流れている。


高橋留美子の「めぞん一刻」も名作。


やはり最後の1ページは、感動がこみ上げてきます。
(ずいぶん昔の話ではありますが。)


きっと最後の一巻だけを見ても分からない。

それまでの十数巻にわたるストーリーがあるからこその感動。


「みゆき」の最後の1ページも、それまでのストーリーを読んだからこそ、あんなに美しく、あんなにも美しく胸に迫る…。

これは映画がどうしても追いつけない部分かと思います。
やっぱり2時間や3時間では短すぎるし、その中で日常の部分とハプニング的な部分をバランスよく織り交ぜていくのはやはり限界がある。

その限界をいかに打ち破るかが、映画監督の腕の見せ所なのかもしれませんが、やはり時間という制約は相当に大きい。


漫画や小説というものの魅力は、この時間という制約がないところで、登場人物の日常のやり取りをそれこそ延々と繰り広げることができるというところにあると思います。

逆に漫画や小説にとっての制約は「音がない」ということになるでしょうか。

この、「音がないところに音を流す」という点が漫画家の腕の見せ所でしょう。


とにかく「みゆき」は名作です。
そしてもはや芸術です。
たしかに「想い出がいっぱい」のメロディーが流れていましたから。

ご一読をおすすめします。


あと「市民ケーン」という映画をご存知でしょうか?

名作中の名作といわれる作品です。
アメリカ映画の最高傑作、とまで言われる作品です。

オーソン・ウェルズが監督・脚本をした映画で、主演もオーソン・ウェルズです。

その最後のシーン…。

内容は言えませんが、

人間っていくら大人になっても幼い頃の思い出が、それが良いものであれ悪いものであれ、

一種の原風景として心に宿り続けて、そしてそれに影響され続けるのかなあ、と感じさせるものでした。

ケーンの言う「バラの蕾」はケーンにとっておそらく悲しい思い出でであり、そして人生の中で求めていたものを象徴する何かでした。

カメラワークの素晴らしさに注目されがちな作品ではありますが、私は内容的にも大変優れた作品だと思います。

なにかぐっとくるものがあります。


冒頭の写真ですが、これは私にとっての「バラの蕾」なのかもしれません。

何か幼い頃の、安らかで穢れのない日々に対する郷愁なのでしょうか。



最後に、芸術に関する名言を少し紹介しますが、私としては、

芸術は、何かを映し出したものではなくて、私たちの心に何かを映し出すための触媒のようなものだ、

と思います。


著名な芸術家たちは次のように言っています。

本当にほんの一部ですが…。



☆☆☆


芸術に独創はいらない。生命が要る。

       ロダン


真の美というものは、真の知恵と同じく、
大変簡明で誰にも分かりやすいものだ。

       ゴーリキー
       (ロシアの小説家)


芸術家の使命は、
人間の心の奥底に光明を与えることである。

       シューマン


芸術家は、人がその作品を見て、
その作者を忘れる時にのみ真に称賛される。

       レッシング
       (ドイツの詩人・思想家)


☆☆☆


ご清聴ありがとうございました。




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トリノの聖骸布とオリンピック報道 

トリノオリンピックがたけなわですが、私の中で「トリノ」と言えば、

やはり、トリノの聖骸布(せいがいふ)です。


これは、イエス・キリストの顔が写し出されたとされる布で、十字架にかけられたキリストの亡骸を包んだ布ということになっています。バチカンが1988年に炭素による年代測定を許可して、1350年ころの布であるとの結論が出されたとのことですが、

真偽のほどは今なお議論があるようです。聖骸布の真贋が決定的に判明したわけではなかったのでしょう。

この聖骸布は、16世紀に中世の十字軍がトルコで発見したものとしてイタリアにあるトリノのカテドラルに持ち込まれたものです。

そもそも今となってはイエス・キリストの顔を知る者もなく、当然写真もないわけですから、

たとえ当時の布であったとしても、それがイエス・キリストの顔であると断定するのは無理かと思います。

トリノと言われてあと思いつくのは、わりと大きな都市だということぐらいですね…。


テレビも競技のことばかりではなく、トリノの場所・歴史の紹介をもっとすればいいのにと思います。

結局日本人の選手がどうだこうだと言ってるだけですもんね。

日本人が誇らしくも世界の舞台に立っている! なんていう意識が強すぎるのかもしれません。

若い人は変わってきたかもしれませんが、ビジネスにしても趣味にしても、まだまだ日本人は国内に目を向けすぎなところがあると日頃思うのですが、やはり英語の壁は日本人にとって相当高いということなのでしょうか。

そう意味ではセンター試験に今年からリスニングが採用されたのは、良かったかもしれません。(受験生は大変ですが。)

案外、将来の日本人の意識を大きく変えていくことになるかもしれません。


まあ国内に問題がいろいろあり過ぎるというのも世界に目を向けない原因かもしれませんが…。



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脊髄小脳変性症の方に明るいニュース 

今日の読売新聞の記事に明るいニュースがありました。

病気などで異常になった細胞は「自殺」する仕組みになっているが、この細胞死を遅らせるたんぱく質を、東京医科歯科大と科学技術振興機構のチームが見つけた、というニュースです。脊髄小脳変性症の治療に貢献するかもしれない、とても大きな成果だと思います。

脊髄小脳変性症はSCD(spino cerebellar degeneration)と略される場合もあります。spinoは脊髄、脊柱、cerebellarは小脳、degeneration
は変性、変質を意味します。

以前通っていたキリスト教会の牧師さんがこの病気でした。この病気にそんなに詳しいわけではありませんが、牧師さんを見ていて最も大変そうなのが、

歩行が困難になることと、文字を普通に書けなくなること、そして言葉が不明瞭になることです。

特に言葉の障害は、牧師としての働きに大きな制約を与えることになり、まさに牧師生命を奪いかねないのです。

症状の進行は比較的遅いようでしたが、よくなる気配も感じられませんでした。

その胸中は推し量るべくもありませんが、これといった治療法がない中で日々を前向きに生きていくことはさぞかし困難だろうと思います。



しかし、このニュースによれば、


この脊髄小脳変性症が治るかもしれない!



研究者の皆さん、なんとか早く治療法を見つけてください。
何年も待っていられない人がたくさんいます。

よろしくお願いしますね。

そういえば「1リットルの涙」で沢尻エリカさんの演じた亜也もこの病気だったと思います。

最初の方しか見ませんでしたが、このドラマを見て脊髄小脳変性症という病気の存在を知った人も多かったのではないでしょうか?

原因不明の難病がまだ存在すること自体に驚きを感じる人も少なくないと思いますが、この病気は今の段階では命さえも奪っていきます。

早く治療法が見つかることをとにかく期待するしかありません。



以下、読売新聞の記事を引用して掲載します。


☆☆☆

「細胞死を抑えるたんぱく質発見、神経変性疾患に効果?」

病気などで異常になった細胞は「自殺」する仕組みになっているが、この細胞死を遅らせるたんぱく質を、東京医科歯科大と科学技術振興機構のチームが見つけた。

このたんぱく質を使えば、長い年月をかけて病状が悪化していくアルツハイマー病やパーキンソン病といった神経変性疾患の進行を遅らせる可能性があるという。専門誌「ジャーナル・オブ・セルバイオロジー」電子版に掲載された。

動物には、異常になった細胞を取り除くため、細胞が自殺する機構が備わっている。だが、アルツハイマー病など、2~20年かけて緩慢に進む神経の病気の場合、この細胞死がほとんど働かないことが知られている。

研究チームは、細胞死を抑える未知の働きがあるのではないかと推測。小脳が委縮する特殊な病気とよく似た症状にしたラットを作り、詳しく調べた。その結果、細胞中から、細胞死を遅らせていると見られるたんぱく質を見つけた。

このたんぱく質を作る遺伝子を、神経変性疾患のラットの遺伝子に組み込んだところ、細胞死が大幅に抑制されることが確認されたという。

同大の岡沢均教授(神経内科学)は「アルツハイマー病などの神経変性疾患に効果のある薬の開発につなげたい」としている。

(読売新聞)

☆☆☆



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忍耐の名言、そしてインディアンの教え 

自分が今、仕事やら何やら目一杯で倒れそうなので、
ふんばって持ちこたえるための名言を探してみました。

ものは考えようです。
ちょっと視点を変えてみれば、重荷が宝のように思えてくるかも。


☆☆☆


成らぬ堪忍するが堪忍

     脇坂義堂「やしなひぐさ」


大いなる精神は静かに忍耐する。

     シラー


不幸のうちに初めて人は、
自分が何者であるかを本当に知る。

     シュテファン・ツバイク
     「マリー・アントワネット」


世の中の事はなんでも我慢できるが、
幸福な日の連続だけは我慢できない。

     ゲーテ



勇気は危急にあって高まるもの

     シェークスピア「ジョン王」


逆境も考え方によってはすばらしいもの

     シェークスピア「お気に召すまま」


自分の生活を弁護してはならない。
弁護は常に見にくい。

     志賀直哉「落書き三つ」
 

艱難は忍耐を生じ、忍耐は練達を生じ、練達は希望を生ず。

     新約聖書 ローマ書第5章


忍耐は運命を左右する。 

     フランスのことわざ


☆☆☆


まだまだありそうですが、

最後に私の好きなインディアンの教えを紹介します。



 <インディアンの教え>

批判ばかり受けて育った子は非難ばかりします。
敵意に満ちた中で育った子は誰とでも争います。
冷やかしを受けて育った子ははにかみ屋になります。
ねたみを受けて育った子はいつも悪いことをしているような気持ちになります。

心が寛大な人の中で育った子は我慢強くなります。
励ましを受けて育った子は自信を持ちます。
ほめられる中で育った子はいつも感謝することを知ります。
公明正大な中で育った子は正義感を持ちます。
思いやりのある中で育った子は信仰心を持ちます。
人に認めてもらえる中で育った子は自分を大切にします。

仲間の愛の中で育った子は世界に愛を見つけます。





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