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 2006年09月 

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日テレが考える「天才」について 

日本テレビの「100人の偉人」シリーズ第三弾。
今度は天才編です。 条件は「亡くなっている人物」。

日テレの提示した候補者をちょっと覗いてみましょう。

と、その前に、
天才についての名言を少し紹介したいと思います。


☆☆☆

すべての天才は憂鬱である。(アリストテレス)

天才は実用の才の絶頂だ。(コクトー)

天才はなすべきことをなし、才人はなしうることをなす。
(E・R・リトン)

少しも狂気を含まぬ天才というものは絶対に無い。
(アリストテレス)

天才とは異常なる忍耐者をいう。(トルストイ)

天才とは本質を見ぬく人である。(カーライル)

天才とは自ら法則を作るものである。(カント)

他の人々に困難なことを容易に行うのが能才である。能才に不可能なことを行うのが天才である。(アミエル)

☆☆☆


私が思うに、

天才とは、普通の人が疑わないことを疑う能力をもつ者のことである。

アミエル、カント、カーライルの考えに近いと思う。


皆さんにとって天才ってどんな人でしょう?


日テレ「100人の偉人」シリーズ天才編は、一般世間が天才をどう捉えているかを垣間見せてくれるかと思います。

まずは日テレの挙げた候補者を見てみます。

ちなみに、日テレが候補者として挙げた人物以外にも投票することはできます。


☆☆☆

<科学者・発明家>
エジソン アインシュタイン 湯川秀樹
ノイマン キュリー夫人 ニュートン
フロイト ライト兄弟 ニコラ・テスラ
二宮忠八 平賀源内 ガガーリン

<スポーツ>
アベベ ジャイアント馬場 アイルトン・セナ
力道山 仰木彬 大山倍達
タイ・カッブ ベーブ・ルース 加藤大治郎
沢村栄治 植村直己 ジョー・ディマジオ
人見絹枝 円谷幸吉 大場政夫
大松博文 加藤明 ジョージ・フォアマン
アンディ・フグ 貴ノ花 ジョージ・ベスト

<芸術家>
レオナルド・ダ・ヴィンチ ピカソ 千利休
葛飾北斎 いわさきちひろ 相田みつを
ミケランジェロ ガウディ ゴッホ
サルバドール・ダリ 歌麿 雪舟
竹久夢二 藤田嗣治 山下清
岡本太郎 手塚治虫 石ノ森章太郎
ココ・シャネル ロバート・キャパ

<政治家>
聖徳太子 吉田松陰 卑弥呼
北条政子 坂本龍馬 白洲次郎
田中角栄 クレオパトラ リンカーン
セオドア・ルーズベルト 孫文 マハトマ・ガンジー
J・F・ケネディ キング牧師

<作家>
夏目漱石 芥川龍之介 太宰治
紫式部 川端康成 三島由紀夫
金子みすず 与謝野晶子 松本清張
司馬遼太郎 シェイクスピア シートン
モーリス・ルブラン コナン・ドイル
アガサ・クリスティ

<音楽家>
ベートーヴェン モーツァルト ショパン

<武将・軍人・剣豪>
チンギスハン 諸葛孔明 源義経
楠木正成 上杉謙信 武田信玄
織田信長 豊臣秀吉 竹中半兵衛
真田幸村 宮本武蔵 沖田総司
土方歳三 東郷平八郎 カエサル(ジュリアス・シーザー)

<映画監督>
小津安二郎 円谷英二 黒澤明
ウォルト・ディズニー オーソン・ウェルズ
ヒッチコック キューブリック

<お笑い>
大宮デン助 いかりや長介 チャップリン
藤山寛美

<俳優>
ブルース・リー ジェームス・ディーン 石原裕次郎
松田優作

<女優>
マリリン・モンロー グレース・ケリー 岡田嘉子
ヴィヴィアン・リー キャサリンヘップバーン

<ミュージシャン>
エルヴィス・プレスリー テレサ・テン 尾崎豊
マリア・カラス 美空ひばり ジミ・ヘンドリックス
カレン・カーペンター ジョン・レノン レイ・チャールズ

<その他>
村山聖 ヘレン・ケラー 二宮尊徳
ハワード・ヒューズ

☆☆☆


うーん、織田信長や二宮尊徳って天才 ?

やはり天才とは○○のことをいう、というような定義を日テレは示すべきでしょう。

美女編同様、ランク付けの基準が曖昧だと感じます。



私がこの中から選ぶとしたら、ニコラ・テスラとかピカソとか手塚治虫ですかね。

既成概念に囚われずに新しいものを創造したと言えると思います。


私の敬愛するエックハルトが候補者に挙げられないのは仕方がないにせよ(知名度が低いですから。)、

ドストエフスキー、日蓮、ニーチェ、ヴィトゲンシュタインあたりは候補者に挙がっていいんではないでしょうか?



天才の定義を少し見直してほしく思います。


日テレの担当者の方、是非とも宜しくお願いします。


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小学生英語必修化に関する勝手な試案 

この度、文部科学相に就任した伊吹文明さんの発言が物議をかもしているそうな。

長年英語に携わってきた私にも何か言わせていただきたい。

まずは伊吹発言に関する記事を引用いたします。

「さきがけ on The Web」の記事です。


☆☆☆

伊吹文明文部科学相は27日、報道各社とのインタビューで、学習指導要領見直しの焦点の1つになっている小学校での英語必修化について「まったく必要がないと思う。美しい日本語を話せないのに外国語をやっても仕方がない」と述べた。
 小学校での英語教育については3月、中教審の外国語専門部会が必修化を提言する審議経過をまとめ、親部会の教育課程部会で授業時間数などの審議を進めている。
 伊吹文科相は中教審の議論について「結果は見なくてはならない」と尊重する姿勢も示したが、「政治家として、今の小学校では必修で教えるべきことが教えられていないと思う」と小学校英語の必修化は不要とする考えを強調した。
 さらに「(小学校英語は)やりたければ個人的にやればいい。外国のことに興味を持つくらいを限度にとどめるべきだ」と自説を展開した。

☆☆☆


小学校での英語必修化。

何年生から始めようとしていたのか分かりませんが、率直に言って中学生からで十分だと思います。

確かに小学生ぐらいから勉強を始めた方が吸収は早いかもしれませんが、まずは日本語を覚えるべきでしょう。

日本国内で英語が必要になることなんてほとんどないんですから、中学生、いや高校生からでもいいくらいです。やりたい人がやればいいんじゃないかな。


よく英語かぶれ的な宣伝広告を目にしますが、英語が必要になるのはせいぜいそれを読むときぐらい。

「ソリューション」だとか「ハイクオリティ」だとか「ポートサイド」だとかよく使われますけど、たしかに英語がチンプンカンプンだと分からないでしょう。

でもこれだって、「解決策」「高品質」「海に面した」って言えば事足りるわけですけどね。



結局、日本に英語なんてちっとも広まっていません。

外資系企業なんかでは英語でやり取りしている所も多いし、海外に旅行する人だって増えたかもしれないけど、普通に日本で生活する限りは英語を話す必要なんてほとんどないのが現状。外国人に道を聞かれるのなんて三年に一遍ぐらいのもんです。


今年からセンター試験にリスニングが導入されましたけど、なんだか無駄な気がしてしょうがないです。

百歩譲って英語教育の強化を受け入れるにしても、力を入れるべきはリスニングではないと思う。必要なのはむしろ英作文や英会話。

英語の本が読めることもリスニングができることもいずれも「受身」であって、いずれも「英⇒日」の方向です。

我々に欠けているのは「日⇒英」。

英作文あるいは英語での発話の訓練をしていかない限り、英語が身につくとは到底思えません。

センター試験でのリスニングテスト導入に関しては文部科学省を中心に80年代から議論されていたとのことですが、いったい何を議論していたのか半ばあきれてしまいます。

何事もバランスが大事。

英語を読めて聞けても、英語で書くこと(筆記体のこと)も話すこともできないんじゃあまりにもアンバランスです。


以上、批判めいたことばかり書いてしまいましたが、英語の必修化に賛成できる点がひとつだけあります。

それは英語の歌がより理解できるようになること。

普通の文章は日本語訳を読めば十分なんですが、歌については原文を理解できるかできないかで大違いです。


ビートルズの「イエスタデイ」やエルトン・ジョンの「僕の歌は君の歌(Your Song)」なんてその最たるもの。歌詞が直接分かれば随分と感じ方が変わると思います。この2曲はよくカラオケでも歌いましたが、やはり歌詞の次元で歌を共有できないのは寂しい。

ジュディ・ガーランドの「虹の彼方に」やビング・クロスビーの「ホワイトクリスマス」も歌詞が理解できればさらに素晴らしい曲に聞こえるかと思います。

素直に勉強してくれる小学生のうちに英語を叩き込んで、誰しも簡単な英語なら理解できるという風になれば、

きっとカラオケで洋楽を歌う人が続出!?

そうなるなら英語の必修化もいいかなと思います。


結論は、

結論は…、


英語の歌だけ小学生のうちから覚えさせる。


ああ,、なんと自分勝手な結論…。

でも悪くないと思いませんか?


長くなりましたが、
最後に「虹の彼方に」の歌詞を紹介したいと思います。

記事直前に設置してあるBGMにもこの曲が入っていますので、
よかったら聞きながら読んでみて下さい。


☆☆☆

"Somewhere Over the Rainbow"
(music by Harold Arlen and lyrics by E.Y. Harburg)

Somewhere over the rainbow
Way up high,
There's a land that I heard of
Once in a lullaby.
Somewhere over the rainbow
Skies are blue,
And the dreams that you dare to dream
Really do come true.

Someday I'll wish upon a star
And wake up where the clouds are far
Behind me.
Where troubles melt like lemon drops
Away above the chimney tops
That's where you'll find me.

Somewhere over the rainbow
Bluebirds fly.
Birds fly over the rainbow.
Why then, oh why can't I?

If happy little bluebirds fly
Beyond the rainbow
Why, oh why can't I?

☆☆☆

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中学2年生のナイフ切り付け事件 

日刊スポーツの記事に、「熊本県山都町の町立中学校で2年生の女子生徒(14)が同学年の男子生徒(14)にナイフで切られた事件で、県警から通報を受けた県は27日、ショックで入院したこの男子生徒の動揺が激しく、自傷行為の恐れがあるとして、別の病院に措置入院させた。」
という記事がありました。

私は昔、精神科の看護助手をやっていた時期があるんですが、こんな記事を見ると切なくなってしまう。

断定はできないけど、やはり精神症状に起因する行動だったと思う。

こういう事件を防ぐにはどうしたらいいのか? 確かに家族や周りのクラスメートや先生が異変に気付いて何らかのアクションをとれば事件は防げたかもしれない。でもたいていは精神科など行きたがらないものである。入院なんてなおさらである。

やはり、学校で二人きりにならないとか防犯スプレーを携帯するとかして自らの身を守る他ないと思う。

他にできることがあるとしたら、同じ異常行動にしてもどれが危険でどれが危険でないかという見極めをすることである。独語(独り言をぶつぶつ言うこと)なんてのは、たとえそれが奇行に類するものであってもなんてことはない。そういう外面的なことよりは、内面をよく見るべきだと思う。

考え方が常軌を逸して被害妄想的だったり攻撃的だったりするとか、何でもないことでむやみにカッとなるとか、全く筋の通らない理屈をつけて人を恨んでいるとか、そんな人には少し距離をおけばいい。というかこれは精神障害の有無に限らずですけどね。

ちょっとおかしな奴は病院に押し込んでしまえというような声も上がるだろうけど、これはかなり乱暴な議論である。仮に精神障害を持っていて多少異常な行動があろうと、それが暴力に結びつくことは実際は少ない。むしろ温和な人の方が多いくらいです。

精神障害者の犯罪率とかいう統計データがあるそうですが、統合失調症について言えば、統合失調症にかかっている人が人口の1%程度いるのに対して、刑法犯(運転中の業務上過失は除く)としての検挙率は0.1%程度に過ぎない。統計の取り方が適正かどうかはよく分かりませんが、もしこのデータが信頼できるものだとしたら、いわゆる健常者の方がよっぽど危険なことになる。

ただ精神障害者の場合は犯行の理不尽さが際立つ場合が比較的多いんで、どうしても世間の注目を浴びてしまう。これはもう仕方がないかもしれない。

とにかく、「精神障害者=怖い」というイメージは偏見というしかない。あえて言うならば、「きわめてごく一部の精神障害者=理不尽な犯行に走る」ということになろうか。


冒頭の記事に戻りますが、肝要なのは、

生育歴、家庭環境、学校での人間関係、精神症状の程度、遺伝の有無、本人の趣味・嗜好などを総合的に調査して何が彼を犯行に駆り立てたのかを冷静・客観的に判断していくことです。

我々がつまらない偏見に振り回されている限り、こうした問題は解決しないと思う。


それにしても切ないです。


まだ中学2年生なのに…。


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「成せばなる~」 の英訳 

「成せばなる 成さねばならぬ 英訳」みたいな感じで検索してこのブログに訪れる方が結構多いので、ちゃんと英訳してみたいと思います。

原文は、第10代米沢藩主であった上杉鷹山という人の言葉で、

成せばなる 成さねばならぬ何事も
   成らぬは人の 成さぬなりけり

というものです。


巷に出回っている英訳として次のものがありますが、後半部分にやや疑問があります。

Do and it will be done; don't do and it will not be done: if something is not done, that is because no one did it.


「because no one did it」はおかしいと思いませんか?

これでは、「誰も成さないから成らなかった」ということになってしまいます。

上杉鷹山は、事が成らないのは「あなたが」成さないからだ、と言いたかったんでは? 一般的にもその意味で使われているはずです。

だから、「because no one did it」ではなく、

「because you did not do it」

あるいは「just」を付けて、
「just because you did not do it」などとすべきでしょう。

「just because you never have done it」
もおかしくはないと思いますが、普通に「did not」とした方がよいでしょう。

いかがでしょうか?


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菅義偉 新総務相の発言(NHK受信料に関して) 

NHK受信料について書いた前回の記事の補足です。

受信料支払いの法律による義務付けが懸念されると書いたわけですが、阿部内閣で新たに総務相に就任した菅義偉(すが よしひで)さんが記者会見で義務化に前向きな発言をしたそうです。

そうした法案が国会に提出されたことは過去二度ほどあったものの、いずれも可決成立とはならず、NHKにとって受信料支払いの義務化はいわば悲願ともなっていたわけですが、

菅義偉新総務相の支持も得たとなると、NHKも悲願達成に本格的に取り組みだすと思われます。

またNHK職員の不祥事でも起こればこの動きもストップしそうですが、そうそう不祥事が起こるとは思えず、今度ばかりは義務化と相成りそうな予感がします。


以下はNIKKEI NETの記事からの引用です。


☆☆☆

NHK受信料義務化法案、来年提出に前向き・菅総務相

 菅義偉総務相は26日の閣議後の記者会見で、NHKの受信料支払いを義務化する放送法改正案を来年の通常国会に出すかどうかについて「私はあったほうがいいと思う」と述べ、前向きな姿勢を示した。日本の携帯電話メーカーの海外での市場シェアが低いことなどを受け、情報通信産業の国際競争力を高める方策を検討する懇談会を設置する意向も表明した。
 NHKは職員のカラ出張など相次ぐ不祥事で受信料の不払いが増えている。現在の放送法では受信契約は義務だが、受信料の支払いは義務ではなく、政府・与党は義務化の是非について検討することで6月に合意していた。

☆☆☆


要するに税金並みの強制力を持たせるってことですよね。

平均年収1200万円前後といわれるNHK職員ですが、ますます収入が安定しそうです…。


高収入をとやかく言うつもりはありませんが、それに見合うだけの責任と良識をもって仕事にあたっていただきたい。


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