下記↓の「名言・格言・ことわざの世界」は、当ブログ運営者が別途保有している総合名言サイトです。まだ発展途上ですがよかったら覗いてみてください。

月別アーカイブ

 2007年03月 

情けない話だ。そんなニュースを二つ。 

日本もおかしな国になったもんだ、とオレにそう思わせた最近のニュースを二つ。まずはこれ。

☆☆☆

お年寄り達は怒っています。生活保護費を削るのは、不当だとして北九州市のお年寄り達が、市を相手に処分の取り消しを求める訴えを福岡地裁に起こしました。訴えを起こしたのは、北九州市で生活保護を受けている70歳以上の男女41人です。原告らは生活保護に加算されていた月3760円の保護費を減らしたのは不当だとして、これを取り消すよう北九州市に求めています。生活保護をめぐっては昨年度まで光熱費などの補助を目的とした保護費が70歳以上のお年寄りを対象に上乗せされ支給されていました。しかし、歳出削減を迫られている厚生労働省が4年前、この保護費を廃止する方針を示したため、各自治体が段階的に保護費を減らしはじめ、去年4月に完全に廃止されました。原告の男性は会見で、「風呂は毎日銭湯に行っていましたが老齢加算が減ってからは3日に一度程度となりました」また女性原告は、「ただ食べて動いて寝るだけやったら人間やない、獣と一緒」と語りました。北九州市は「国の定めた基準に従って生活保護を適正に実施しています」とコメントしています。

(ソース記事:九州朝日放送の3/28の記事)

☆☆☆

「風呂は毎日銭湯に行っていましたが老齢加算が減ってからは3日に一度程度となりました」ってなんじゃこりゃ?

何かと忙しくて最近4、5日に一回しか風呂に入っていないオレからすると理解に苦しむ。毎日風呂入るのが最低限のレベルだとでも言うのだろうか。風呂なんて2日に一回で十分だと思うが。

まあ悪気はないと思うけど、生保受けてるんだから「毎日の銭湯」を当然とするのはどうかと思う。

女性原告の「ただ食べて動いて寝るだけやったら人間やない、獣と一緒」という発言もなんだかおかしい。まるで「遊ぶ余裕を与えよ」と言ってるようなもんだ。生保を受けるような事態に至ったことに自分の責任は全くないとでもいうのか?

まあ、あえて弁護するなら、

生保というのはそもそも憲法25条第1項の「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」を根拠とするものであって、その「文化的」な生活が営めないような額しか支給されないのでは憲法違反だと。

しかし、老齢基礎年金の額に比べてかなり多い額が支給される事を考えるとさっぱり彼らを擁護する気になれない。年金ONLYの生活者こそ国似対して提訴すべきだろう。

まあいいや。裁判所がどんな判断を下すか興味深い所はある。


次はこれだ。

☆☆☆

「AVと同じことしたかった…小4男児が同級生を暴行」

尼崎市教委がある尼崎市役所。小4男児による女児暴行で揺れている
 兵庫県尼崎市の市立小学校で昨年11月、4年の女子児童=当時(10)=が同学年の男子児童=同=に呼び出され、男児宅で性的暴行を受けていたことが27日、分かった。男児はアダルト映像に触発され、「同じことをやってみたかった」と話しているという。

 男児は同県西宮こども家庭センター(児童相談所)の指導を受けているが、小4児童による性的暴行に尼崎市教委は「前代未聞の事態」とショックを隠しきれない。

 市教委などによると、性的暴行が起きたのは昨年11月中旬ごろ。女児が男児に誘われ、集合住宅にある男児宅を訪れたところ、複数の男児らが集まっており、誘い出した男児が性的暴行を加えたという。

 女児は友人の女児に相談し、事態を知った友人女児の保護者が昨年12月8日、学校側に通報。学校側は同11日、市教委に報告して対応を協議し、西宮こども家庭センターと連携して男児らの指導に乗り出した。

 同市教委学校教育課は「男児の保護者から女児の保護者への謝罪の場を設けたり、女児にも学校のカウンセラーによる心のケアを進めるなど慎重に対処している」と話している。

(ソース記事:ZAKZAK 2007/03/27)

☆☆☆

これだけインターネットが広まってるんだから起こるべくして起きたというほかないが、やはり昭和40年代に生まれた私にはショッキングな事件である。

オレが小4の時なんて…。

そりゃ好きな女の子とかはいたけど、どうにかしようなんんて発想はまさに皆無だった。エロに関する知識もほぼ0だ。小6ぐらいになると給食の時間に「ポルノッ!」とか叫ぶやつがいたりしたけど、小4なんてそりゃみんなカワイイもんだったよ。

この事件の真相が分からない以上、男の子達の異常性をあまりに責めたてるべきではないが、とりあえず性的な暴行はあったんだろうと思う。そしてその場に複数の男の子がいたというところが何よりも腹立たしいし悲しい。

誰か一人ぐらい止めろよ! ということだ。事情の如何を問わず複数の男が一人の女の子に無理強いするというのは極めて卑怯で低劣である。たとえ小学4年生でもだ。

まあ、これといったモデルがいないんだろうね。男の鑑みたいな。

男児がよく見る戦隊モノ(ゴレンジャーみたいな。古いか。)には色恋沙汰はあんまり出てこないし、小学生なら結構見ているであろうお笑い芸人番組もはっきりいって愚劣だしね。

しょっちゅうテレビに出てるみのもんたもセクハラ騒動で見苦しい弁解を繰り返すばかり。

エロ漫画、エロゲー、アダルトビデオにエロサイト。一昔前に比べたら子供がアクセスしやすい環境になってることが最大の原因だろうけど、やっぱ親の教育、すなわち親の生き方がDQN化してきていることも大きいだろう。だからろくでもない子供が再生産されてしまう。

法律で縛るにも限界というものがある。やはり必要なのはモデルだ。

この事件に関して言えば、「男性は平均的にみて体力的に女に勝るんだから、女性には優しく紳士的であれ」みたいなドラマや漫画がもっと増える必要がある。

なのに最近の映画、ドラマ、漫画は、女性が強い設定のものばかり。


解決の糸口が見出せませんが、最後に一言伝えておこう。



男子たるもの、どんな最低最悪のムカツク女だろうと決して、

決して決して手をあげてはならぬ。暴力を振るってはならぬ。


どんなに腹が立とうともだ。 言い訳はあり得ぬ。

それでこそ男だ。


わかったね?



関連記事

リア・ディゾンの足をしまう仕草はよかった。 

いや、これ見てくださいな。
    ↓
http://www.youtube.com/watch?v=WEUg_oaNmvQ

彼女、フランス系アメリカ人の母と中国系フィリピン人の父とのハーフなんですが、その場にいた誰よりも大和撫子だ。

横にいたのは安田美沙子、ベッキー、山本梓などなど。ベッキーはともかく安田美沙子や山本梓か今をときめくグラビアアイドル。

写真で見る限りはとても魅力的だったけど、この動画見て一気に評価が変わってしまった。

多くは語るまい。



アイドル界を席巻するリア・ディゾンがやや距離を置かれてるのは致し方ない。外人だしね。でも「ワオ」とか「オウ」を一々面白がるのも興ざめだし、どことなく色物扱いしてるのも鼻につく。嫉妬も混じっているんだろう。

なんにせよ、リアディゾンは他のアイドルよりよっぽど女らしい仕草であった。「恥ずかしい!」も演技ではないだろう。

マッサージ機から足を離す際の仕草は特に大和撫子だ。


卓越した美貌や過激なパフォーマンスにばかり注目がいってるけれど、彼女の良さはむしろ隠れた女性らしさにあるんではないかな。

山本梓が写真で見るよりデブだったってのもあるけど、日本のアイドルにあらためて幻滅しました。上手く言えないけどなんか下品だ。



やっぱ女も中身ですよ…。

女性らしさの根幹は「恥じらい」でしょ。


リア・ディゾンに恥じらいがあるかと問われれば確かに微妙かもしれないが、普段の彼女はとってもしおらしくて恥じらいがあると思う。

そこが倖田來未やらモーニング娘やら沢尻エリカと違うところだろう。



ま、そう思いたいだけですけどね。

リア君、日本には長居しない方がよいと思いますぞ。



関連記事

元英国首相ウィンストン・チャーチルの言葉 「絶対に…」 

「絶対に、絶対に、絶対にあきらめるな。」

イギリスの伝統的な寄宿学校であるハーロー校(Harrow School)、そしその後、サンドハースト王立陸軍士官学校(The Royal Military Academy Sandhurst)に大変な苦労をして入学したウィンストン・チャーチル。62歳で首相になり、2度目の首相在任時にはノーベル文学賞まで受賞したチャーチルであるが、冒頭の言葉はそのチャーチルが1941年10月29日にハーロー校の卒業生達に贈った言葉である。


この言葉は座右の銘にしてもよいくらい好きな言葉である。

参考までに原文を紹介してみたい。「give in」というのは「屈する」「降参する」といった意味です。「give up」と大体同じ意味です。また「convictions」は「信念」「確信」、「honor and good sense」は「名誉と良識」といった意味です。


☆☆☆

"Never give in, never give in, never, never, never, never - in nothing, great or small, large or petty - never give in except to convictions of honor and good sense. Never, Never, Never, Never give up."

☆☆☆


あえて訳すなら、

「大事であれ些事であれ、また偉大な事であれ卑小な事であれ、
 何事においても決して、決して、決して屈服するな!
 名誉と良識に基づく信念による他は決して屈服するな!

 絶対に、絶対に、絶対にあきらめるな!」

などとなろうか。


実体験からくる言葉だから、ストレートに心に突き刺さります。

ついでに、彼の他の言葉も紹介しておきましょう。



「悲観主義者はすべての好機の中に困難をみつけるが、楽観主義者はすべての困難の中に好機を見いだす。」

「成功とは、意欲を失わずに失敗に次ぐ失敗を繰り返すことである。」

「過去を遠くまで振り返ることができれば、未来もそれだけ遠くまで見渡せるだろう。」

「我々は、たとえその社会的地位がどんなに低くとも、後世に何らかの影響を与えることを考慮して生きなければならない。」

「実際のところ、民主制は最悪の政治形態と言うことが出来る。これまでに試みられてきた、他のあらゆる政治形態を除けば、だが。」

「人類ははじめて自分たちを絶滅させることのできる道具を手に入れた。これこそが人類の栄光と苦労のすべてが最後の到達した運命である。」

「戦争からきらめきと魔術的な美がついに奪い取られてしまった。」(第一次世界大戦に際して)



ではでは、

おやすみなさい。



関連記事

ゆとり教育100%が今年から大学入学? 

3月17日の立花隆氏のコラム(nikkei BP netに掲載)の次の箇所に目を引かれた。

☆☆☆

今年から、大学には、「ゆとり教育100%」つまり、学校に入ってから全過程ゆとり教育でやってきましたという連中が入ってくるようになって、大学の先生方をとまどわせている。

「このところ大学生の質がどんどん低下するばかりと思っていたら、今年はそれに輪をかけてひどい」という声があちこちで聞かれる。

彼らが大学を出て一般社会に出ていくのはあと4年後のことになる。ゆとり教育の是正措置が少しはじまりかけたとはいえ、それが効果をあらわすのは、ずっと先になる。

当分の間日本は、ゆとり教育で頭がこわれた連中がまき起こす総社会的知的レベルダウン現象に悩まされつづけることになる。その間に日本という国がこわれてしまわねばいいがと最近本当に心配している。

☆☆☆


最近あちこちで「ゆとり世代」という言葉を見かけるが、30代半ばの私にはいまひとつピンと来ない。ウィキペディアの解説によると、

「ゆとり教育とは、学習者が詰め込みによる焦燥感を感じないよう、自身の多様な能力を伸張させることを目指す教育理念のことである。ただし、正式な用語ではない。日本ではこの理念にそって、1977年(昭和52年)、1989年(平成元年)、1999年(平成11年)に学習指導要領の全部改正を行い、授業時数の削減、学習内容の簡易化、総合科目の新設などを行った。」

とのことだ。

特に1999年の全部改正では、「学習内容、授業時数の削減」「完全学校週5日制の実施」「総合的な学習の時間の新設」等が決定されて、2002年から実施されているんですが 週5日制というのはさすがに私も知っている。

立花氏は、

「情報に強い優秀な人材はいまどんどん外資系企業に引き抜かれつつある。今年、東大の情報系のいちばん優秀な人材が集まっている情報科学科の修士課程卒業生のトップグループはドサッとまとめてグーグルに抜かれてしまったという。」

「小中学校レベルの算数すら十分にできない連中が大学にゆうゆうと入ってきて、その欠落を補うこともなしに、そのまま社会に送り出されてゆくというレベルの大学がゴロゴロあるという国に日本がなってしまっているというところが問題なのだ。そういう連中があと10年もすれば日本の各界で中堅的担い手として登場してくる。そんな国に未来があるわけがないではないか。」

とも書いていたが、

数学的な考え方のできる優れた人材を外資に持っていかれ、残ったのが小数・分数の計算もまともにできない大学生というのでは確かに日本の未来は暗い。

まあ、別に「5×(3/5-1/3)」とかできなくても生きてはいけるんだけど、数学・物理・化学・医学・薬学・工学・建築・簿記・会計・経済学・IT 等々の道へ進むことは到底かなわないと思う。途中でつまづいてしまう。四則演算や分数・小数ぐらいはどの子でもできるようにしてあげないと、子供の将来性に大きな枠をはめてしまうことになりかねない。

それにしても、いくらゆとり教育だとはいえ、なんで分数の足し算すらできないような輩が平然と高校や大学を卒業出来てしまうのか。何のための学校なのか根本的に疑義を呈さざるを得ない。ついでに言えば、医学部の受験科目に生物が必修となっていないのもやはりおかしい。

大学受験資格や学歴を取得させることが学校の使命ではないだろう。


何をおいてもまずはあらゆる可能性に通じる基礎学力をしっかりと身に付けさせることが大事。もちろん、学ぶ姿勢、社会のルール、道徳なんかも教えていかなければならないが、とりあえず四則演算ぐらいは身に付けさせてあげて欲しいところだ。たとえ留年させてもね。

その方が本人のためになると思う。



関連記事

偶然にも豪華客船オーロラ号を目撃。 

今日は天気も良かったし、横浜地方法務局に行った帰りに山下公園に寄ってみた。

なんか外人さんが多いなーと思っていたら見慣れない客船が停泊してるではないか。日本人も普段より多かったし、カメラで写真撮ってる人も何人かいた。あの船がそんなに珍しいんかなと思いつつ眺めていたら汽笛が「ボーッ」「ボーッ」「ボーーーッ」と3回ほど鳴った。

オーロラ号じゃなくて別の船の汽笛のようだ。

にしても、あのでかい音はどうやって出してんだろうか?



しばらく眺めてようと思っていたけど、風が結構冷たかったので早々に退散することにした。

後でNHKニュースで見たんだけど、あの船は「オーロラ号」という英国船籍の豪華客船だったようだ。横浜を母港とする飛鳥Ⅱと1時間ほどランデブー状態になったとのことで、人が多かったのも大いにうなづけた。

8階建ての全長272mであのクイーンエリザベス2世号よりも大きかったらしいけど、どうしてもそうは思えないんですよね。昔、間近で2世号を見たことあるんだけど、もっと馬鹿でかかったような気がする。

オーロラ号も近くで見たらすごかったのかな…?


空にはカモメがふわりふわりと気持ち良さそうでした。



関連記事