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 2009年06月 

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日本酒断ち。効果は上々か。 

ここ一週間ほど、日本酒をやめてみた。

毎日のように500ml前後飲んでいた日本酒をやめて、代わりに、カンチューハイ(氷結レモン、500ml)2杯と牛乳300~500mlを飲んでいる。

何故長年の習慣をやめたかというと、主に肝臓付近の重苦しい痛みをとるためだ。
去年から今年にかけて色々検査をやってみた結果、おなかの重苦しい痛みが脂肪肝又はアルコール肝によるものであることが大体判明したわけでして、さすがに何とかせねばと思い至ったわけですわ。

で、結果はというと、
完全にとまではいかなくとも、だいぶ苦しい感じが軽減したように思う。
もうしばらくは、この調子でやっていきたい。

ほんとは酒自体をしばらく控えるべきなんだろうけど、寝つきの悪い私はどうしても心理的に少しお酒に頼ってしまう。まあ、情けない話だけど、軟着陸ということで当面はカンチューハイ2本程度を毎夜飲み続けることになりそうだ。


ただ、日本酒に比べれば、睡眠誘導剤としての効果はあまりない。
そういうわけで、半信半疑ながら安眠剤として牛乳も飲んでいる。

カンチューハイ一本飲んで、牛乳ちびちび1パック飲んで、またカンチューハイを半分ほど飲むのだ。
そうして、寝る用意をしてから、枕元にカンチューハイの残りとタバコと灰皿を置く。

2服、3服しながら、カンチューハイをあらかた飲み、スタンドの灯りで本を読みながら、睡魔に襲われるのを待つのだ。

我ながら、ろくでもない寝方だとは思うけど、日本酒でよれよれになって寝るのよりは数段ましだろう。

とにかく、
日本酒は断つ。

毎日のように買っていた「米だけの酒」。
さようなら…。

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三沢光晴が投げかけたもの。 

プロレスラー三沢光晴が死んだ。

なぜこんなに早く死ななければならなかったんだろう…。


猪木の風車の理論とは違うのかもしれないが、とにかく三沢は、真正面から相手の攻撃を受けていることが多かったように思う。

川田との数度の対戦もそうだった。
容赦ない顔面キックを浴びせる川田に対して、ろくにガードをしない三沢。

本当はもっとガードできたのではなかったか? あえて受けていたのではないか?
そんな思いが今は頭をよぎる。

それが三沢のプロレスラーとしての美学だというのなら何も言うことはない。
しかし、ノア経営のため、社長としての責任からあえてそのような客を魅せる試合をしていたのだとしたら、これは悲痛である。



不謹慎だと言われるかもしれないが、あえて言いたい。

「三沢の死」は昨今の、頭部への攻撃に偏重した過激なプロレス技への警鐘とすべきではないのか?

真の闘いであれば、相手の弱点を攻撃するのは、至極当然なことではある。
三沢の首に古傷があることは周知の事実であり、そこを意識的に攻撃されることも比較的多かったでしょう。
それはよい。真の闘いであるならば。
殺すか殺されるかというような真の闘いであるならば。

しかし、ノアとはいえ、やはりパフォーマンスとしてのプロレスを意識していたことは否定できまい。
それが悪いというわけではないが、パフォーマンスであるならば弱点攻撃は控えるべきである。

要するに今のプロレスは欺瞞に満ちているのだ。
真剣勝負のように見せて真剣勝負ではない。
かといって、プロレスショーだと開き直ってるわけでもない。
プロレス人気が凋落していったのも実はそこに原因があるのではないかな。

猪木VSホーガン戦あたりからプロレス八百長疑惑が徐々に広がりだし、プラム麻里子の死亡事故あたりから技の過激さに対する批判が顕在化していった。

プロレスラーはもちろん、プロレスファンも、安易なプロレス擁護はいい加減やめにしてほしい。
出来レースなんぞだれも見たくはないのだ。
一体だれがそんなもの見たく思うだろう?

ショーならショーで、ハッスルのようにはっきり打ち出せば清々しい。
真剣勝負というのなら、殺し合いとまではいかなくとも、一定のルールの中において、ヒクソンVS船木戦程度の真剣さは持ち合わせて欲しい。

今のプロレスは単なるスタミナ合戦の様相を呈しているように思う。
まあ、昔からそうですけど、今はより一層その程度が増しています。
スタミナ合戦ならスタミナ合戦で、スタミナレスリングとか銘打てばいいのにそうはしない。

10代20代と30代前半ぐらいまでかな。
それでもプロレスに熱狂出来るのは。
30代後半以降ぐらいの年代はおよそプロレス熱が冷め切っているといっていい。

もう引退してしまったが、レフェリーであったミスター高橋が出版した「流血の魔術最強の演技―すべてのプロレスはショーである 」のまえがきにはこう書いてあります。

「プロレスは、スポーツとして見るから八百長と言われるのであって、これを最初からショーだととらえれば八百長ではない。八百長をやっている怪しげな集団なのか、完成されたエンターテインメントを披露しているプロフェッショナルなのか。そこが曖昧なために、市民権を得られないのが日本のプロレスではないだろうか。私は今、日本のプロレス界は大きな曲がり角にきていると思う。このまま格闘技を装って嘘を貫き通すか、それとも勇気を出して、新しいプロレス時代を切り開いていくか。私はぜひとも後者を選択してほしい。そもそも嘘を貫くこと自体、もう無理なところまできていると思う。」

全く同感であります。

今そんなことを言うな、ではなく、今だからこそ、これからのプロレスのあり方を考えてほしいのです。
今のままでは、いわゆるプロレスはこの世からなくなってしまいます…。
それは私の望むところではありません。

欺瞞の汚名を払拭するには、中途半端な殺し合いの演出をやめて、明確に限定されたルールの中での真剣勝負を目指していくのがいいと思います。


さんざん悪態をつきましたが、三沢の死は私には少なからずショックでした。
私も含め、プロレスファンが彼を殺したのではないかと、憂鬱になります。

彼の死を無駄にしないためにも、欺瞞を排する姿勢をプロレスファンは持つべきでありましょう。

末筆となりましたが、三沢光晴氏のご冥福を心よりお祈りいたします。
プロレスの真の魅力が一人でも多くの者に伝わるよう天国から見守っていてください。
馬場や鶴田とともに。

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