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児童ポルノの単純所持規制について。 

児童ポルノについてでありますが、一般的には、二次元と三次元を分けて論じられているようですが、私は分けるべきではないと考えます。

何故分けるかというと、二次元、すなわちアニメや漫画の世界では直接的な被害者が存在しないからです。三次元の場合は、大人に性的に搾取される被害者が存在するわけですが、二次元の場合は存在しない。この差は大きいのだけれども、見る者に対する影響力という観点に立てば、本質的な差異はさほどないように思われます。

以後、二次元か三次元かを問わず、児童を対象としたポルノ作品の是非について論じたい。

さて、普通の人がみな児童に対する性犯罪に及ばない理由は何かと言えば、まず思いつくのは、対象である児童への思いやりと犯罪者となることへの恐怖。

まあ、そもそも児童に性的関心を抱くことが異常だという意見もあろうが、この意見はこの際無視しておく。
というのは、ほんのかすかであれ、人にはそうした欲情が潜在的にあると思われるからだ。女性の気持ちはよく分からないが、男性の立場に立っていうならば、無自覚であるにせよ、そうした感情は確かに存在する。だから、内心において児童(幼少期をイメージしています)に性的好奇心を持つこと自体を非難するつもりは毛頭ない。

問題は、そうした欲情類似の感情を、何が「対象である児童への思いやりと犯罪者となることへの恐怖」を凌駕するまでに育て上げてしまうのかということだ。

その有力な候補として、私は、二次元、三次元を問わない児童ポルノ作品の存在を挙げたい。

単純所持規制反対派の意見を一言で言うならば、
隠されれば隠されるほど人の好奇心や欲望は逆にエスカレートしていく、だから実害が及ばない程度にその好奇心や欲望を満たすべきだ、ということになる。

しかし、人の欲望を甘く見てはいけない。
欲望というものは、障害がない限り、常に際限なくエスカレートしていこうとする。
ある一定の水準で満足してしまうと断言できるほど、人の欲望は大人しくないのだ。

大方の人は、世間体や理性や思いやりの力によって、内なる欲望を抑止することができているのだが、当然、中には抑えきれない者が出てくる。だから被害者がいつまでもなくならない。

人の欲望は、真の意味での「満足」とは無縁である。
実害を発生させない程度に満足させておけばよい、などという理屈は、何の根拠もない。
満足することがあっても、それは一時的である。
欲望といわれる類のものは、断じて終局的な満足とは無縁である。
児童への性犯罪0を目指すなら、こんな妥協をするべきではない。
食欲と同じように、死ぬまで繰り返し、その満足を求めようとする厄介な代物なのである。

では、どうしたらよいか?

単純所持規制反対派の人がよく言うように、リアルな被害を防ぐために代替的な二次元作品を提供すればいいというのか?

それは、なんという後ろ向きな策だろう!

まるで、窃盗被害を防ぐために、定額給付金のような愚策を何度も施行させるようなものだ。
焦点とすべき課題は、窃盗予備軍というべき者たちの考えを改めさせることではないかな?


性的な満足が一過性のものであることは、言うまでもないことである。
通常人であれ、性犯罪予備軍であれ、この事実は変わらない。

児童への性犯罪を本気でなくそうと思うのであれば、根っこを絶たなければ駄目である。


「習慣は第二の天性なり」とは、古代ギリシャのディオゲネスの言葉でありますが、手軽に児童ポルノ作品を入手できるという習慣が身に染み付いてしまうことで、児童への性的虐待に対する拒絶感が相当に薄れてしまうことが考えられます。

これが、私の最も危惧するところなのです。


身近にそうした児童ポルノを触れさせないことによって、習慣化・無自覚化を未然に防ぎ、別世界の出来事のように感じさせることができるなら、児童への性犯罪も多少は減ることでしょう。

結論としては、
いかなる意味における児童ポルノ作品についても、この社会から抹殺させることが有意義であり、そのことで、性犯罪抑止に大いに寄与することとなる、と言いたい。

この世におおっぴらに存在しないことをもって、初めて、自らが関わるべきでない事象であると悟ることができる人達が大勢いるのである。

満足させて止めるのではなく、相手にしないことでその異常さを自覚させ、児童犯罪の抑止を目指すのが効果的だと思います。


ちなみに、ですが、
私は昭和40年代に生まれたので、昭和50年代後半から昭和60年代にかけてのエロ事情を少しは理解しております。
当時は、インターネットもありませんで、専ら書籍やビデオによる性刺激が主流を占めておりました。
中学生あたりが女性器を見るのは、実体験をした者を除けば、至難の業であったわけです。

せいぜい、クラスメートのお兄さんが外国から持ち帰った洋物エロ本を回し読みするのが精一杯だったわけです。

炉利系エロ本については、かなりおおらかだった時代ですが、普通の女性器情報を得るには相当の困難が伴った時代です。

翻って今の時代を考えると、インターネットがある限り、まさに見放題の状況です。
下手すると携帯電話でも見れてしまう。

さて、およそ20年以上前の時代と今の時代を比べて、性犯罪は減ったのでしょうか??

強姦等の重大犯罪に関しては減ったと言えるデータもあるようですが、それが見放題時代の到来による影響なのかどうかといえば、その根拠とするには、さほど説得性はない。

こんな見放題の時代でも、悪質な性犯罪が後を絶たないのが現状。


長くなりましたのでもう寝ますが、
単純所持規制は大いに試してみる価値のある制度改正です。

反対派も、つべこべ言わず、一回やらせてみればいいじゃない。
そのほうが単純所持規制による結果がはっきりする。

試すことさえ許したくないのだとすれば、
それはどんな理由によるのかな?

「試してみて駄目だったら元に戻す」という行為を現政権がやってくれない、という不信感が根底にあるのかもしれない。

でも、その辺は意外と柔軟に対応できてると思いますよ。
日本人は基本的に真面目ですからね。


さあ、寝ます。
オヤスミナサイ…。

コメント

Re: タイトルなし

コメント有難うございます。
勝手ながら貴君のコメントを引用しつつ、
http://orangekick.blog19.fc2.com/blog-entry-1016.html
において再度論じておりますので、良かったら読んでみてください。
少々長いですが…。

心理学的側面からのアプローチがデータ提示よりも有意義とorangekick.blog19.fc2.com/blog-entry-983.html
で述べていらっしゃいますが、
>さて、およそ20年以上前の時代と今の時代を比べて、性犯罪は減ったのでしょうか??
と書いてデータに論拠を求めつつ、しかも肝心の数字を出さないのでは、心理学的・データ的のどちらのアプローチとしても中途半端ではないでしょうか。

  • [2010/03/08 15:31]
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  • せっかくですから
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