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自信喪失気味の方のための名言 

人に信用してもらえなくて、自分をダメ人間みたいに思ってしまう時ってありますよね…。

今の私がそうだったりして…。

せめて自分だけでも自分を信じてやらないといけません。

何の根拠もないのに、自分を信じる、あるいは自分の力・才能を信じるというのは意外と難しいものがありますが、そもそも根拠なんて必要ないのかもしれません。

そもそも「信じる」という行為は、確実な保証のないところへ身を投じていくことなのですから。

何の確実性もないが故に「あなたを信じます」と言えるのであって、もし何かが言葉通りに首尾よく達成されることが「分かっている」場合には、そこには「信じる」という行為はないと思います。

それはもう何かを「知っている」わけです。

だから根拠がなくたって「信じる」ことは可能だと思います。

少し話はずれますが、加藤諦三さんの言葉に次のようなものがあります。


「信じること」「信頼すること」というのは、
自分を相手に向かって投げ出していくことである。


私の母がこの人のファンで、それこそ何十冊とその著書を持っていました。私も結構読みました。神経症気味の人に向けた本が多いです。結局何が言いたかったのか、いまひとつ分からないところはありますが、この人の熱意は相当のものです。自分自身の経験に基づいて書いているので何か心に迫ってくるような迫力があります。

そんな加藤諦三さんですが、上の言葉はなかなか本質を突いています。

信じるとは「もうどうなってもいい」という気持ちで自分を賭けていくことに他ならないと思います。

そのことを私が知る中で最も端的に表した言葉が、唯円が親鸞の言葉を書き記した「歎異抄」の次の言葉です。

☆☆☆

たとい、法然聖人にすかされまいらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからずそうろう。そのゆえは、自余の行もはげみて、仏になるべかりける身が、念仏をもうして、地獄にもおちてそうらわばこそ、すかされたてまつりて、という後悔もそうらわめ。いずれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし。

☆☆☆

「念仏をせよ」という法然の教えがたとえ間違いであって自分が地獄へ落ちることになったとしても、私は決して後悔はしないと言っているわけです。

「信じる」ということについての、これより美しい言葉を私は知りません。

念仏がどうであるかは別にして、親鸞がまさに命を師匠である法然に預けたわけです。

念仏によって救われるかどうかなんて誰も証明できません。現実の世界においては何の保証もないわけです。

それでも命を預けるということが「信じる」ということなのだと思います。


さて、

親鸞とはうって変わって、この現世において何かを成し遂げた先人達にとって「自分を信じる」ことが何であったのかを、いくつか紹介したいと思います。

ご清聴ありがとうございました。



☆☆☆


天才ってのは自分を信じることなんだ!

       ゴーリキー(ロシアの小説家)



根本的な才能とは、自分に何かが出来ると信じることだ。

       ジョン・レノン



信じる気持ちは常識を超えるはずだ。
なにを恐れてる?

       映画「34丁目の奇跡」より



私が思うに『夢を実現させる秘訣』は、4つのCで要約される。つまり、好奇心(curiosity)自信(confidence) 勇気(courage)不変(constancy)だ。中でも一番大切なのが自信、「自分を信じる「ということだ。ひとたびこうと思ったら、盲目的に一片の疑いもなくそれに、のめり込んでいくことだ。

       ウォルト・ディズニー


☆☆☆




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