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皇室典範について〔2〕 Y染色体? だから何? 

三笠宮寛仁氏の言葉に次のようなものがあります。

☆☆☆

万世一系、一二五代の天子様の皇統が貴重な理由は、神話の時代の初代・神武天皇から連綿として一度の例外も無く、「男系」で続いて来ているという厳然たる事実。

☆☆☆

あえて「三笠宮寛仁氏」として「三笠宮寛仁さま」としなかったのは別に天皇家を軽んじているわけでもなく、その存在意義を認めないわけでもありません。

その血筋には歴史の重みがあると感じますし、また千数百年以上も男系天皇を貫いてきた多くの人たちの「思い」がその血筋に凝縮されているようにも思います。

私が「氏」とあえて言うのは、ただ単に天皇家を一般市民と区別する根拠があまりはっきりしないからです。

男系天皇を貫く理由が分かりかねるからです。

たしかに男系を保つと、生物学的には「Y染色体」が温存されます。女系天皇を認めると温存されません。

しかし何故「Y染色体」を温存する必要があるのでしょうか?


何故男系なのか?という問いに対して、「Y染色体」を温存するため、なんて説明する人がいるようですが、それは答えになっていません。


三笠宮寛仁氏の「男系で続いて来ているという厳然たる事実」という言葉は、変な理屈をこねる論者に比べればはるかに誠実なものだと思います。

が、しかし、それでも納得できない。



話はそれますが、

私は六曜が嫌いだし、六曜に合わせて物事を決めたりする発想も嫌いです。

六曜とは、先勝・友引・先負・仏滅・大安・赤口の六種類をいいます。

何の根拠もないのに「いい日」「悪い日」と差別化するという精神的な態度そのものに対して、異議を唱えざるを得ません。


この態度はいわば、「人種差別」や「同和問題」、さらには「男女差別」や「学歴による差別」などの差別に育っていく小さな萌芽ともいえるものだからです。

六曜自体はたわいのないものですが、それでも私は積極的に無視しています。

そういった差別は相対的なもの、つまり見る立場を変えれば簡単に消滅してしまうような実体のないものです。

人間どうしても差別をしてしまう生き物ではありますが、あまりに浅はかな差別はやはり排除していく努力をすべきでしょう。


さて、天皇の話ですが、

タイムマシンの発明されていない現在、1000年以上も前から続いてきたという事実だけでも畏敬の念を抱かせるには確かに十分かもしれません。

前回取り上げたアインシュタインの言葉もそういう意味合いかと思います。

しかし何らかの根拠は示すべきだし、私たちももっと知ろうとすべきです。

そもそも私たちは父親をたどっていけばただ1人の男、母親をたどっていけばただ1人の女にいきつくわけです。

聖書的に言えば、全ての人はアダムとイヴの子孫です。

最初は同じなわけです。

それがどこかで分かれ、ある者は尊いとされ、他のものはそうでないとされたことになります。

つまり、皇室典範の問題は「神武天皇」とは何者か、というところまで突き進まないとまともな議論になりようがないんです。



…… 少しぶっとび過ぎたでしょうか。

こうなってくると「日本書紀」や「古事記」の話になってしまいますよね。

それはそれで研究の価値のある奥深いテーマなのですが、もはや国民の納得を得られるような次元ではなくなってしまいます。


ふー、



はあ、 またしても結論が出ず、か…。

とりあえず雅子妃のお幸せをお祈りしたいと思います。




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伝統に合理的な理由は無い

貴方は「迷信を信じない。日に差を付ける事が人に対する差別に繋がる」と考えてるようだ。
皇族と一般人に差を付ける必要性を感じない?
科学的合理主義が唯一の正しい思考か?

皇室制度にせよスコットランド人のキルト(男のスカート)にせよインドの女人禁制の山にせよ町内の祭りにせよ合理的な理由は必ずしも無い。
合理的な理由の無いモノに価値が無いと言うんだったらヒトの存在そのものに合理的な理由が有るのか?

あかんって、そりゃあ

日本の伝統じゃい

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