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流行を追うことは是か非か? 

こんな名言があります。


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 毎日他人の読まないものを読みなさい

        クリストファー・モーレー


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流行って何でしょう? 
どんな流行も、最初から流行するということは当然ないわけで、必ず小さな流れから始まりますよね。でもその小さな流れが大きくなるのにはいろいろなパターンがあるように思います。

流行するもの自体に相当な価値があるために自然と広まっていく場合がまずあります。

それから、有名人が身に着けていたからとか、周りの人がみんな持っていたから、とかいうような理由で次々と広まっていく場合があります。

あとは、ファッションの世界がそうであるように、始めから「今年の秋の流行」などとして広められ、そしてそれが当然のように受け止められ広まっていく場合があります。

最初と最後に挙げたケースは、まあよいとしましょう。
しかし、2番目に挙げたケースはどうでしょうか?

あくまで私の個人的な考えにすぎませんが、
日本人の、特に若者の想像力の欠如、自分で考えるという習慣の欠如というものを感じてしまいます。流行するものというのは、何であれ、ある程度質が高いものでなければそもそも流行することがありません。だから流行するものはそれなりに価値があります。ただ、実力以上に流行している場合がこんなにも多いというのは少し悲しい気がします。

でもしょうがない面もあるかと思います。

ネット社会が進展する中、ますます情報が氾濫し、また人間の趣味、仕事、社会制度、法律などもさらに多様化していますが、何が一番良いのかを判断するのは確かに容易ではありません。来年施行される新会社法(大改正された商法のことです。)などはそのよい例です。会社というものの機関設計が自由にできるようになるのは結構なことなのですが、その分だけ「どのような形態の会社にすべきか」を判断するのが難しくなったといえるでしょう。

そう、しょうがない面もあるのですが、
やはり欧米などに比べると個性のなさを感じます。
欧米では、周りの人間との関係の前に、まず「個」と神という縦の関係が意識上形成されていきます。それがあって周りの人間との関係が築かれていきます。そのひとつの表れとして、親と一緒に寝なくなる時期が日本に比べると相当早いということがあります。

この辺の違いは埋めようがないかもしれませんが、

「自分の感性で、自分がよいと思うものを選ぶ」ということの必要性はもっともっと論じられていいことのように思います。

かつては女子高生のルーズソックスにも辟易しましたが、最近では「ホワイトバンド」にややうんざり。

貧困をなくそうという意思表示をすること自体は大変いいことだと思いますが、一個300円というそのお金が何に使われるのか曖昧なまま買う人が多いようです。募金に使われると勘違いしている人も相当いるのではないでしょうか? その他にもいくつか、うさんくさく感じる点があります。私はあまり買おうとは思いません。ですが、自分である程度調べて自分で買う価値があると判断した上で買うのであれば何にも文句を言うつもりもないし、それはそれでその判断を尊重したく思います。

私が少し文句を言いたいのは、
有名人がつけてるからとか、みんなが付けててカッコいいからとか、そんな理由だけで簡単に飛びつくのは、いかにも浅はかだし、自分の判断というものがないし、また、外国人からみたらみっともない姿なんだよ、ということです。


そんな意味で「クリストファー・モーレー」の言葉を取り上げてみました。はー、吐き出してすっきりしました。


今日はこれにて。




コメント

集団によりすがること以外に安定する方法が思い当たらないということなのかな?

自尊心が低いということもいえると思います。裏を返せば謙虚とも言えますが。

またよかったらご意見下さい。
コメントありがとうございました。

自分の意見では日本人が特に『流行に乗りたい』と思うことは、日本人の集団意識が強いことからきてると思います。
誰か、それが集団の高い位置(ここでいう有名人)にいる人間に合わせようと集団意識が働くことでこのような流行が出来上がるのだと自分は思います。

だから日本人は流行に流されやすいのだと思います。

ちわ。
超同意します。
そんだけです笑

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