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クリスマスまでに出られるなんてことはない。その現実を直視しろ。 

積極思考(いわゆるポジティブ・シンキング)を説く人は多くいる。以前紹介した中村天風やマーフィーなんかもそうである。こういった人の言葉をただ表面的に捉えてしまうことにはある危険が付きまとうと思う。

「必ずこの事業は上手くいく」「この失敗は必ず次に生きてくる」などの言葉をよりどころにして突っ走りやすいのである。

こういう突っ走りやすい人というのは、現状分析をろくにしなかったり、都合の悪い情報から耳をそむけたりする。

これは、ある意味で積極思想が崩れるのを恐れているんだと思う。こういう人は真の積極思考をまだ身につけていない。

早急に自らを検証すべきである。


そこで、少々(というか相当)長いですが、「ビジョナリーカンパニー(2) 飛躍の法則」(日経BP社刊)という本の「ストックデールの逆説」という部分を引用したい。表題の「クリスマスまでに…」はこの引用部分の最後に出てきます。積極思考を正しく理解したい人には是非読んでいただきたいと思います。


☆☆☆

もちろん、飛躍した企業がすべて、ファニーメイのような深刻な危機に直面したわけではない。そういう企業は半分に満たない。しかし、どの企業も偉大さへの飛躍の過程で、何らかの形で逆境にぶつかっている。ジレットは乗っ取り攻勢に、ニューコアは輸入品の攻勢に、ウェルズ・ファーゴは規制緩和に、ピットニーボウズは独占市場の喪失に、アボットは大規模な製品回収に・クローガーはほぼすべての店舗を入れ換える必要に、それぞれ直面した。どの場合にも、経営陣は二面性をもった強力な姿勢で困難に対応している。一方では、決して目をそらすことなく、厳しい現実を現実として受け入れている。他方では、最後にはかならず勝利するとの確信を持ちつづけ厳しい現実はあっても、偉大な会社になって圧倒的な力をもつようになる目標を追求している。この二面性を、われわれは「ストックデールの逆説」と呼ぶようになった。
これはジム・ストックデール将軍に因んだ言葉である。ベトナム戦争の最盛期、「ハノイ・ヒルトン」と呼ばれた捕虜収容所で、最高位のアメリカ軍人だった人物だ。一九六五年から七三年まで八簡の捕虜生活で、二十回以上にわたって拷問を受け・捕虜の権利を認められずいつ釈放されるか見込みがたたず生き残って家族に再開できるかすら分からない状況を生き抜いてきた。捕虜の責任者の地位を引き受けできるかぎり多数の捕虜が生き残れる状況を作りだすとともに、収容所側と戦い、捕虜を宣伝に使おうとする敵の意図を挫くために全力をつくした。椅子を自分の顔にたたきつけ、剃刀で切って顔を傷つけ、「厚遇されている捕虜」の一員としてテレビ撮影されないようにしたこともある。見つかればさらに拷問を受けるし、殺される可能性もあることを覚悟して、妻との手紙で秘密情報を交換している。拷問を受けたときにどう対応すべきか、規則をさだめてもいる(拷問に耐え抜くことはだれにもできない。そこで、段階的な仕組みを作った。ある時間がたったら、ある部分まではしゃべってもいい。これによって捕虜になった将兵は生き抜く目標をもてる)。捕虜同士の精巧な連絡手段を作り上げ、収容所側が狙いとする孤立感を和らげた。これはモールス信号のような信号で、縦横がそれぞれ五個の行列でアルファベットの各文字をあらわす(トン・トンでA、トン・休止・トン・トンでB、トン・トン・休止・トンでFなどで二十五文字をあらわし、Kの繰り返しでCをあらわす)。ストックデールが撃墜されて三年たった日、話をしないよう命じられた捕虜が中庭を掃除しながら、この信号を使って皆でストックデールを讃える言葉を贈ったこともある。釈放されて帰国した後、ストックデールは海軍の歴史ではじめて、航空記章と名誉勲章を付けた中将になった。
そのストックデールに会うことになって、わたしが興奮したのは理解いただけるだろう。わたしのクラスの院生がストックデールについての論文を書いた。そのときストックデールはわたしの研究室のすぐ向かいにあるフーバー研究所で上級研究員としてストア哲学を研究しており、わたしとその院生を昼食に招待してくれた。下調べをしようと、わたしは『愛と戦争』を読んだ。ストックデール夫妻が交互に執筆して、八年間の体験を記録した本である。
本を読み進めると、気持ちが暗くなっていった。やりきれなくなるほど暗い本なのだ。いつ終わるともしれない苦難が続き、収容所側は残忍だ。やがて、少しずつみえてくるものがあった。「自分はこうして、暖かく快適な研究室に坐って、美しいスタンフォードのキャンパスを眺めながら、美しい士曜日の午後をすごしている。この本を読んで気分が暗くなっているが、自分は結末を知っているのだ。収容所から釈放され、家族との再開を果たし、アメリカの英雄になり、後半生をこの美しいキャンパスですごし、哲学を研究している。それを知っているのに気分が暗くなるのなら、収容所に放り込まれ、結末がどうなるかも知らなかった本人は、いったいどのようにして苦境に対処したのだろうか」
わたしの質問に、ストックデールはこう答えた。「わたしは結末について確信を失うことはなかった。ここから出られるだけでなく、最後にはかならず勝利を収めて、この経験を人生の決定的な出来事にし、あれほど貴重な体験はなかったと言えるようにすると」
わたしは何も言えなくなった。教員クラブに向かって、ゆっくりと歩いていた。ストックデールは繰り返し受けた拷問の傷が癒えず、曲がらない膝をかばって足を丸く回転させながらゆっくりゆっくりと歩いている。百メートルほど歩いたころ、わたしはようやく次の質問をした。「耐えられなかったのは、どういう人ですか」
「それは簡単に答えられる。楽観主義者だ」
「楽観主義者ですか。意味が理解できないのですが」。わたしは頭が混乱した。百メートル前に聞いた話とまったく違うではないか。
「楽観主義者だ。そう、クリスマスまでには出られると孝える人たちだ。クリスマスが近づき、終わる。そうすると、復活祭までには出られると考える。そして復活祭が近づき、終わる。つぎは感謝祭、そしてつぎはまたクリスマス。失望が重なって死んでいく」
ふたたび長い沈黙があり、長い距離を歩いた。そしてストックデールはわたしに顔を向け、こう言った。「これはきわめて重要な教訓だ。最後にはかならず勝つという確信、これを失ってはいけない。だがこの確信と、それがどんなものであれ、自分がおかれている現実のなかでもっとも厳しい事実を直視する規律とを混同してはいけない」
わたしは、楽観主義者をさとすストックデールの姿を頭のなかで思い描き、その像がいまだに消えることがない。「クリスマスまでに出られるなんてことはない。その現実を直視しろ」

☆☆☆


いかがでしたか?

私も行政書士の業務を開始するにあたってかなり悩みました。あらゆる状況が「否!」と叫んでいるように思えたこともあります。

ポジティブ・シンキングで行こう、などと気張ってみてもちっとも心は晴れませんでした。


行政書士なんてクソミソに言われたりすることが多いんですが、そのクソミソをしっかり聞ききったことがかえって自分を強くしたと今では思います。相当落ち込みましたけど…。

しっかりと現状分析をして戦略を立てていくことで、その後の無用な心配は減らせます。


そして、どんな困難が横たわっていようと「最後には自分は打ち克つ」と考えましょう。

さらに、これは私流ですが、

「世界はお前を待っている!」と信じることです。

これは積極思考ではないですね。でも決して誇大妄想ではない。


ひとりひとり社会の中において何らかの使命があるはず。

目立つ使命もあればひそやかで目立たない使命もあると思いますが、何らかの使命がある。少なくとも私はそう思う。


だから、冷静に徹底的に現状を見つめた上でもし道がそこにあるのであれば、心で叫んでみましょう。

「世界はお前を待っている!」と。



W杯日本代表も頑張れ。

柳沢選手もなんとかして汚名を挽回してくれ。

ブラジル代表の選手たちも相手国の監督がジーコだからって決して遠慮せずに全力でやってほしい。

なんか、ワールドベースボールクラシック(WBC)の時と状況が似てますよね…。そしてあの時はなんと優勝。




神風の国「日本」に果たして奇跡は起こるのか?


少し期待してしまいます。

(↑弱気かよ!)



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