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マザコン夫よ、与謝野晶子の大いなる怒りを聞け! 

驚いたことに、

与謝野晶子の書いた「姑と嫁について」という評論は、現代にそっくりそのまま通用します。


まずは、是非読んでいただきたい。

全文は長いので一部省略して以下引用します。


マザコン男に対する晶子の意見はまさに私と同じ。

心から情けなく思います…。


☆☆☆


或会社の技師をしている工学士某氏の妻が自分に対する苛酷(かこく)を極めた処置に堪えかねて姑を刺したという故殺(こさつ)未遂犯が近頃公判に附せられたので、その事件の真相が諸新聞に現れた。

(途中省略)


……

ここに私の遺憾に思うのは――むしろ攻撃したく思うのは――その良人たる工学士某氏の思慮の足りないことである。なぜに一人前の教育ある紳士がその母の旧思想を説破し、その苛酷な干渉を諫止(かんし)して、夫婦の間の生活は専ら夫婦の間で決すべきものであることを宣明しなかったのであろう。母を尊敬し併せて妻を愛重する文明男子がこの際に取るべき手段は、誠意ある諫諍(かんそう)を敢てして、母を時代錯誤から救い出し、現代に適した賢い母たり新しい母たらしめる外にないではないか。子としても良人としても確かなかつ周到な思慮を欠いて甚だ煮え切らぬ態度を取っていたために、母の恥を世に曝(さら)し、妻を罪人たらしめ、自分自身を不幸に導くような悲惨な結果になってしまった。私は良人たる人さえ首鼠両端(しゅそりょうたん)でなかったら、この悲劇の運命は多分避け得られたのではないかと思って返すがえすも惜まれるのである。

(途中省略)


……

現在の姑たちについて私の考は右のように希望と悲観と半(なかば)しているが、しかし未来の姑については全く新しい紀元の開かれることを期待している。今日の教育ある若い妻はその程度に差があっても、概して幾分ずつか皆新しい妻である。私は出来るだけ自治独立の生活を送ろうとしていると共に、他の自治独立の生活をも尊重したいと思っている。結婚して一家を営むに至った我子夫婦は既に分封した自治独立の一団であるから、私は全然その生活に干渉したくない。在来の父母舅姑は我子夫婦から財養し孝養されることを望んだのであるが、私は我子が独立し得るまでの教育にはあくまでも力を竭(つく)す覚悟でいる代りに、我子からその報償を得ようとは毛頭考えていない。まだ私は家系、家風などという物も少しも尊重すべき物と思っていないのであるから、子供らが何処へ行って自治の生活を始めてもそれを祝福する外に何の註文もない。独立するに至った我子には絶対に干渉しないつもりであるから親の名を以て威圧がましいことをしないのは勿論である。私は今から幼い子供たちに各自の意見を親の前で大胆に述べる習慣を附けている。それは私と子供たちとの思想が他日相反する時があっても互に気兼(きがね)せずに研究し合って理解することの出来るようにと思うからである。夫婦、親子、朋友(ほうゆう)の愛も初めの中は感情一偏の愛であるが、少し年齢が長(た)けて行った後に誠実と知性との理解が伴わない愛は危い。感情と知性と誠実がすっきり透き徹(とお)るように融(と)け合えば夫婦親子は勿論、我子の嫁とも一切の他人とも愛し得られるものであろうと私は思っている。既に新しい妻である私は他日こういう思想の上に立って新しい姑ともなるつもりである。しかし我子夫婦に対するこういう意味の生活は最早母と子、姑と嫁という関係でなくて、年齢の違った一種特別の親友という関係に近いであろう。親友の間には威圧も、屈従も、僻みも、排擠(はいせい)もない。そして世には思想の合った親友も相反した親友もあり得る。また快濶な競争の上に成立つ親友もあり得る。私は命の限り、はた天分の尽きない限り、他人とするように我子夫婦とも愛と誠実と思想との快濶な競争を続けたいと考えている。


   与謝野 晶子「姑と嫁について」から引用


☆☆☆


与謝野晶子のような姑だったら理想でしょうね。

でもそうじゃなくても夫が妻をしっかり守ってくれるなら、たとえ陰険な姑だろうと問題ではないはず。

最悪なのは、マザコン男と陰険な姑のペア。


いったいどうしたら、そんな男を見分けることが出来るのか?

という声が聞こえてきそうですが、


まず見栄っ張りの人はマザコンの危険が大だと思われます。

見栄っ張りの人はそもそも、親に対して見栄を張る、あるいはいい子でいるという生き方をしてきた可能性が高い。

もちろん親孝行は結構なことなんですが、その親孝行も「親によく思われたい」という動機に発している場合には、単なるマザコンです。


ただ、見栄っ張りというだけではマザコンとは言い切れません。


そこで、

特定の相手との結婚を現に考えている女性の方は、

見栄っ張りかどうかという「物差し」をもって、

その人が、確固とした自分の考え、自分の生き方を持って生きている人なのか、それとも周りに流されてばかりで自分の頭で判断できない人なのかを、

まずは見極めて頂きたいと思います。


何かが見えてくること請け合いです。

もし流されがちな男だと感じたときは、マザコンである危険性は一層高まります。

つまり、

見栄っ張り + 周りの考えに流される

⇒ マザコン男

というわけです。




ただし、いくら自己がしっかりと確立した頼もしい男であっても、自分の考えに固執してばかりで人の意見に耳を傾けない男はNGです。

柔軟性も大事です。



なかなか難しいですかね。



ま、どっちにしても、

自分のことを心から愛してくれる相手ならばいいんです。

少々マザコンだろうと。





たとえ迷いながらであっても、姑からも舅からも守ってくれるに違いありません。



コメント

ま、文明国の現代的婦女子なら
自分の選択に責任を持つ事だな
それがちゃんとできないから

安易に出産
安易に離婚
手当よこせ
揚句の果てには
私が稼ぐから問題ないと

そうじゃなくて

子供を片親にするか
ヒモ男を父にするか
全部お前の選択だと

夫となり父親となる男性の選択に
責任を持ってくれと言う事だよな

俺の『苦言』でした

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