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靖国問題。謝罪は永遠に終わることはない。 

靖国問題の根幹は一体どこにあるんだろう?

テレビで討論番組がしきりに行われていますが、いつも小難しい議論に終始して肝心なことが看過されていると私は思う。

日本軍が中国・韓国をはじめとするアジア各国の国民に対してどんなやり方で何を行ったのかというその事実自体の検証・確認はなされていないこともないけれど、

その事実が戦争相手(侵略相手)の国民の「心」に何をもたらしたかということついて推量するための議論はあまり聞かれない。

南京大虐殺が100万人なのか1万数千人なのかといった議論はいわば「量」についての議論です(私は20~30万人だと考えています)。

私はもっと「質」についての議論が必要だと思います。


もし、100年経っても200年経っても決して感情が癒えることのないほどの残虐非道の行為だったとしたら、

もし、普通の意味での侵略行為と言えないほどのひどい侵略行為があったんだとしたら、

もし、戦争という特殊な状況を斟酌してもなお許されないほどの恥ずべき行為があったのだとしたら、

もし、虫けらほどにも扱わず、いわばモノのように次々と命を奪っていったのだとしたら、

「戦時中は仕方がない」といった弁解はあまりに的外れである。


さらに言えば、

「この問題はすでに終わっている。」「中国はいつまでもしつこく謝罪を求める。」などという発言が度々なされていますが、こういう発言は少なくとも口に出すべきではない。

たとえば、わが子を殺された親のことを考えてほしい。

犯人が逮捕されて無期懲役や死刑などの刑罰を受けて、場合によっては賠償金も支払われたとしても、「この問題はすでに解決済み」といった気持ちになるだろうか?

ましてや、犯人自身やその家族がそういう発言をしたとしたら、どうでしょう?

被害者の家族の気持ちを逆撫ですること請け合いである。


テレビ討論の話に戻りますが、

はっきりいって60歳以上の方の発言の中には、大和民族優越思想が抜けきっていないと感じられるものもある。

なんせ、戦争に協力しない者を非国民呼ばわりした両親の元で幼少期を過ごした人も少なくないわけですから。


私の親父(68歳)も朝鮮の人に対してはやや差別的です。

悪いところばっかり見てるような気がする。


今朝、小泉首相が靖国神社に参拝したそうですが、

果たして「心の問題」で片付けていいものか。


一国の首相という立場をもっと重く考えるべきではないかと私は思う。

不当な内政干渉やあからさまな不正行為には断固として異議を唱えるべきではあるが、謝罪の必要がなくなる日というのは永遠に来ない。


これが私の結論。

極論であろうか…?



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