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ゲド戦記の感想 そんなメッセージがあったとは… 

つきみ野サティの中にあるワーナー・マイカル・シネマズで「ゲド戦記」を見てきました。

思ったほどは悪くなかったんですが、分かりづらい部分が結構ありました。主人公のアレンをもう一人のアレンが追いかける場面なんてチンプンカンプンでした。話が進んでくると一応分かるんですが、いきなりあれでは頭の中が??という感じです。

原作はかなり面白いらしいのですが、映画の方は面白いとも面白くないともいえず、「ゲド戦記とは何であるかを一部垣間見させていただいた」というやや淡々とした気持ちで劇場を後にしました。


ただ、印象に残ったセリフもいくつかあります。

「死を恐れることは生をも恐れること。」

とか、

「不死は生を失う事だ。死を拒絶する事は生を拒絶する事なのだぞ! 聞きなさいアレン、この世に永遠に生き続けるものなどありはしないのだ。自分がいつか死ぬ事を知っていると言う事は、我々が天から授かった素晴らしいおくりものなのだよ。」

とかです。


特に最後の方では、

死を恐れ永遠の命を求めようとする魔術師クモとの絡みで、こういったメッセージが強く打ち出されています。

ストーリー構成については陳腐な感は否めませんが、「不死」あるいは「不死を願うこと」の本質についてあまり考えたことがなかった私には、ある意味で新鮮な切り口ではありました。


最後に、ヨミウリ・オンライン「ジブリをいっぱい」に掲載された「世界一早い『ゲド戦記』インタビュー 鈴木敏夫プロデューサーに聞く」の一部を以下引用したいと思います。

伝えたいメッセージが他にもあったようなのですが、その一端が窺えるかと思います(私にはよく分かりませんでしたが)。


☆☆☆

(インタビュアー)
最後に、鈴木さんが今、この時代に「ゲド戦記」を送り出そうと思ったきっかけを教えて下さい。


(鈴木)
一言で言えば、希薄になってしまった「現実感」を描けるような気がしたからです。


(インタビュアー)
「現実感」?


(鈴木)
日本人全体が陥っているかも知れないことですが、当事者意識の欠如ということです。この前の選挙で、郵政民営化を賛成か反対かを一人一人の国民に問いましたが、果たしてそんな必要があったのか。それは、会社がつぶれそうかという時に、社員に「どうしましょうか」と聞くことでしょう。同じように、憲法改正や増税についても賛成が増えている状況も疑問です。僕はそれを見て、皆、庶民でなくなってきているなと感じます。この国を何とかするためにそれをやるという発想は、庶民じゃなくて為政者でしょう。国がやることにたて突くのが庶民じゃなかったんですか。増税して改憲して、それが何につながるか。「欲しがりません勝つまでは」ですよ。だから皆に目を覚まして欲しいし、小泉内閣の虚像をはがして欲しい。増税になって一番困るのは誰か分からない状態が、僕の考える当事者意識の欠如ということです。吾朗君は「人としてまっとうに生きること」をテーマにしていますが、それも当事者意識ということとつながってくる。まぁこれは作品を通して彼が表現していくことなので、このくらいにしておきますが。


(インタビュアー)
そう言わずに、もう一声お願いします。


(鈴木)
皆がそんなに立派にならなきゃいけないんでしょうかということです。別の例で言えば、携帯電話がどんどん高機能になっているでしょう。僕は見ていて怖い。SuicaもEdyも使ってみましたが、携帯電話がお財布になったり、メールができたり、電車に乗れたりということは、確かに便利かも知れない。でも、人間って基本的にだらしないでしょう。それが、何もかも一つになって、なくすことができないものを持てということは、少なくとも僕は受け入れたくない。要するにだらしないことをするなと求められているんですよ。そういう便利さという名の「立派」のために切り捨てられていくものがあるんじゃないですか。関係ない話かも知れませんが、今、商法の改正で四半期ごとに決算を報告しなきゃいけないんです。なぜかといえば、二度と大量の不良債権を生まないという目的があるから。日本の経営者たちは決算書もまともに読めないからあんなことになったんだと。しかし、そういうことをきちんとしている人に面白い経営ができますか。計算ができないから無茶をするのであって、無茶をするから面白いんです。

☆☆☆


希薄になってしまった「現実感」。

なるほど。

たとえば「TVタックル」や「朝まで生テレビ」なんてものばかり見てると、気付かぬうちに為政者側の視点に移されてしまっていることがあるかもしれません。

「庶民」という自分の立場を忘れて政策の賛否を論じ合っていたら、為政者側に有利な結論になりがちかもしれません。

物事を大局的に眺めることも大事ですが、自分が当事者であることもしっかり意識しているべきでしょう。


しかし「ゲド戦記」にそんなメッセージがあったとはとても思えないのですが…。

いつかテレビで放映される時には、そんな視点で見てみたいと思います。


ご清聴ありがとうございました。



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