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乙武洋匡氏のブログ停止 .. 

乙武洋匡氏のブログの更新が9月7日で止まったままだ。

悠仁親王ご誕生に対する世間やマスコミの反応に異議を唱えてブログが炎上してしまったわけですが、その後謝罪コメントらしきものを書いてからは、ぷっつり筆が途絶えている。

彼の記事へのコメントの中には思わず絶句するような相当ひどいものが散見されましたが、それが原因で更新を止めたわけではないと思う。彼はそんなに弱い人間ではないと思う。

自分の考え方の是非を検証している最中ということなのかもしれません。

そんな乙武さんの参考になるかはわかりませんが、私と「とある管理人」さんとのコメント等でのやりとりをまとめたページをひとつ作りました。

題して「道徳的規範とは何か? そしてどうあるべきか?

そこで論じられているのは、

紀子妃が第三子を産んだことを、その子が「男子」であったが故に喜ぶことが、人が抜きがたく有する本性あるいは人の最大公約数的な行動パターンに鑑みて許容されるべきかどうか。そもそも何を以って道徳的規範というのか。道徳的規範という形で共有し得ない本能又は良心があるとしたらそれは絶対的なものなのか流動的・相対的なものなのか。

といったことです。

乙武洋匡氏の言葉がやや思慮を欠いたことは否めませんが、彼が感じたことに共鳴する方もさほど少なくはないと思われます。

私はといえば、彼の言葉の7割は勇み足だったと思うけれど残りの3割については徹底的に擁護したいと思う。

というのは、彼の心に生じた違和感の少なくとも一部は人の心に刻まれた「絶対的規範」に由来するものだという思いがどうしても拭えないからです。

このことはまた稿を新たにして論じたいと思います。

コメント

こんばんわ

コメントありがとうございます!

文章は十分よく分かりました。

私は純粋な相対主義者にななりきれないといった類いの人間かもしれません。

10月10日の記事をもって正式なご返事とさせていただきましたので、よかったらご覧ください。

では。

こんばんわ

では、こちらにコメントします。

管理人さんが果たして道徳的規範について何か「真理」というようなものを思い描いているのか、相対主義的な立場なのか、よくわかりませんでした。
私は言わなくてもわかるかもしれませんが、後者です。
根拠はありません。
興味あるテーマですが、あまり考えません。
なぜなら、それに対して答えを出さなくても、ある共同体内部で何を道徳的規範として通用させるべきかは決定できるからです。
それは、その共同体において何を正しいとみなすか決定する権利を全ての構成員に平等に認める限りにおいて、多数の支持を得た規範であるべきです。
それはひょっとしたら間違っているかもしれません。
しかし、政治において間違っているかもしれない結論を多数が支持したならば正しいものとみなして政治を進めなければならないのと同様に、
規範も、間違っているかもしれないものでも多数が支持したならば正しいとみなさなければならないと考えています。

とはいっても、私は世間の多数の支持する価値観に対する攻撃を加えることもあります。
だから世間がそれを支持するというそれだけで私は自分の従う道徳的規範を決めるわけではないですね、そこに一定の論理は求めます。
(この二つの立場は矛盾すると思われるかもしれませんね。
今のところ私は矛盾はないと思ってます。
というか、矛盾を克服するための言い訳を一応用意はしている、という感じです。
よって自信はありません。)

さて、この立場の下で、時空を超えた規範というものは成り立つのでしょうか?
それは、人間が根源的・固定的な本能を持っているかについて、可能であれば哲学的アプローチよりも自然科学的アプローチで考えていくべきテーマでしょうね。
直観的にはあると思います。
例えば殺されたくないという感情は、一部の人間は克服してるようですが、基本的に変わらないと思います。

ただ、ここで多分管理人さんと立場が一部異なるだろうと思う点があります。
人間の本能が何であるかを根拠に道徳的規範が何であるべきかを論じる私の立場においても、人間の本能について誤解していては正しい結論がでないことは管理人さんのおっしゃる通りでしょう。
しかし、管理人さんは根源的・固定的な本能は、移り変わる本能より重視されるべきだと思っているように見受けられますが、誤解でしょうか?
これは私の立場とは異なります。
今の人類が抱く望み(「本能」という言葉だとしっくりこないため「望み」に変えます)は、それが強い望みであるならば、例えそれが100年後にはなくなってしまう望みであれ、1000年後まで人類が抱くだろうがしかし弱いものにすぎない望みより、優先されるべきだと思います。



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話が掘り下げられ、それに対し長文を書くにあたり、わかりやすい文章を書くことができませんでした。
自分でも悪文だと思う箇所もあります。
わかりにくい箇所がありましたら別の書き方で再説明しようと思いますので、指摘下さい。

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