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退屈と犯罪 ―  ラッセルの言葉より 

金品欲しさの犯罪もまた退屈が原因であるかどうかが論点になりそうではあるが、まずはラッセルの言葉を引用したい。


☆☆☆


戦争、虐殺、迫害、それらはすべて退屈からの逃避であった。隣の人間と喧嘩をすることすら、何にもしないでいるよりもましであった。それゆえにこそ、道徳を云々する者にとっては、退屈こそ一つの重要な問題である、なぜなら、少なくとも人類の罪悪の半分は退屈を恐れるあまり犯されたものであるからだ。

           ラッセル「幸福論」より

☆☆☆


ラッセルという人をご存知だろうか? 私なんかは「ラッセル=アインシュタイン宣言」(核の廃絶を訴えるものです。1955年に発表されました。)を思い出してしまうけれど、一般的には論理学者・哲学者として有名です。数学者でもあります。

ラッセルのパラドックスなんていうのもわりと知られていると思います。
これは、自己言及のパラドックス(「この文章は嘘である」や「"クレタ人は嘘つきである"とクレタ人が言った。」など。)といわれるものの一つであって、集合論についてラッセルが提示したパラドックスのことです。興味のある方はこちらからどうぞ。

またラッセルという人は、どういうわけだかノーベル文学賞なんかも受賞しています。

さて冒頭のラッセルの言葉に戻りますが、
「少なくとも人類の罪悪の半分は」とありますよね?

「過激」と評されることの多いラッセルにしてはやや控えめな言い方なような気がします。

私は「ほとんど」だと思います。

窃盗や横領などはどうでしょう。

つまりお金ほしさの犯行ですよね。退屈とは一見関係ないように見えますが、ではなぜお金が欲しいのか?

簡単に言えば、娯楽のためです。
生活が苦しくて犯行に及ぶという人の数は、この「娯楽のために犯行に及ぶ人」の数に比べると圧倒的に少ないと思います(調査したわけではありませんが)。

娯楽というのは、広い意味での刺激であり、何かしら退屈を紛らしてくれるもののことです。

電車賃やバス代がなくて窃盗をする人よりも、車を売りたくなくて窃盗をする人のほうが多いだろうということです。



犯罪の原因は「欲望」であるという考え方もありますが、その「欲望」をつぶさに調べてみれば、その奥に「退屈さへの恐怖」が横たわっていることも多いのではないでしょうか。

いや、むしろ「娯楽への欲望」と「退屈さへの恐怖」はコインの裏表なのかもしれません。

映画を見なくても、旅行に行かなくても、外食をしなくても、私たちは生きていかれます。
また、車がなくても、釣りができなくても、ファッショナブルな格好をしなくても、ディズニーランドに行かなくても、私たちは生きていかれます。

そういったものが何もなくても生きていかれます。

でもこの現代においてそうやって生きていくのは少々辛いところです。

娯楽が溢れているだけに昔より辛いでしょう。

ラッセルも「幸福論」の中で、「私たちは私たちの父祖よりも退屈することが少なくなっている。それにもかかわらず、私たちは彼らよりも、退屈というものを恐れている。」とも言っています。

ラッセルは結論として「退屈さ」「単調さ」あるいは「何もない静かな生活」に我慢することの重要性を説いています。

特に子供について。

映画やショーなどにあまりに慣れることは特に子供にとって害毒になると言っています。

娯楽という刺激的なものばかり浴びていると、「有益なる単調」に耐えることができなくなってしまうということです。


長くなってしまったので(指が疲れたので)もう終わりにしようと思いますが、大人はともかく子供については、何か今のままではまずいという気がします。遠出するにも旅行するにもゲーム機を持って行き、バスや電車の中でピコピコやってる子供たちの何と増えたことか!

小生の彼女の娘(小4)も半ばパソコン中毒、ゲーム中毒。

取り上げると、何をして時間を過ごしたらいいのか分からなくなってしまうという塩梅らしい。

早く一緒に住みたい…。

今よりは何かしてあげられるはず。

頑張らねば。



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