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植草教授の追い風 「それでもボクはやってない」 

周防監督の「それでもボクはやってない」を見てきました。

婚約者Kが「見たい映画がある」というので、今日彼女と一緒に見てきました。直前まで何を見たいのか教えてもらえなかったんですが、まさかこれが見たいとはちっとも思わなんだ。

「愛の流刑地」や「モンスター・ハウス」はないと思っていましたが、こんな地味な裁判ものとはね。

で、感想ですが、

実に良かったです! 退屈することなく最後まで楽しめました。あとで「143分」だと聞いてマジでピックリです。長くても1時間半ぐらいだと思ってましたから。

拘置所の様子とか裁判に至るまでの経過とか弁護士の生態とかが具体的に描かれていたところも興味深かったです。

無罪の人を罰しないことが裁判官の最大の使命だと喝破した最初の大森裁判官が、結局別の裁判官に変えられてしまうんですが、その新しく担当した裁判官を演じた小日向文世さんの演技の憎いこと憎いこと。

主演の加瀬亮や検察官役の尾身としのりも実に良くはまっていましたが、この裁判官を演じた小日向文世さんは国民栄誉賞をあげたいぐらい素晴らしかった。本物の裁判官と錯覚してしまうほどリアルでした。

この映画で、冤罪事件の深刻さや冤罪の起こりやすい警察・検察・裁判官の事情を垣間見ることができました。

映画の後Kが言うには、手鏡でスカートの中を覗いて逮捕されたあの植草教授も、もしかしたらもしかしたら冤罪かもね、と。

確かに。

この映画のようなことが現実ならば、全くの無罪なのに様々な不運や偶然が絡み合った結果、逮捕されて起訴されて最高裁まで争って有罪にされてしまうことだって十分あり得るだろう。


この映画、見ようによっては、平成21年5月までに始まるとされる「裁判員制度」のアピールのようにもとれるけど、司法に携わる人たち、特に裁判官にとってはあまり見て欲しくない映画に違いない。

実は一番気になったのは、個々の裁判官が職場において何を基準に評価されているのかということである。この映画では、無罪判決も辞さない大森裁判官があたかも上司の裁判官の判断で裁判から下ろされたかのようだ。そんなことが可能なのかな?

理想を言えば、裁判官は上司による左遷・降格などのない完全な独立性が保証されるべきである。でも、おかしなな裁判官もいるだろうから難しいところだ。


さて、今月の22日に保釈された植草一秀教授ですが、この映画を引き合いに出してこんなコメントを出したそうだ。

「偶然『それでもボクはやってない』が公開されましたが、
 痴漢えん罪事件の実情についての正しい理解が広く一般
 の人々に知られるようになることを期待しています」

「絶対に間違いなく私は無実」
「天に誓って真実を述べている」

きょう25日に東京地裁で第3回公判が開かれるそうだけど、彼にとってはこれ以上ない追い風である。担当の裁判官や検察官もおそらくこの映画を見るのではないかな?

真相を知ってるのはあくまで彼自身と神のみである。誤審を100%なくすことは不可能だろう。しかしながら、その100%を目指して、できる限り公正かつ慎重な司法判断がなされることを望みたい。


では、今日はこの辺で。



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