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世界遺産になった石見銀山って? 

日本が推薦していた島根県大田市の「石見銀山遺跡とその文化的景観」の世界文化遺産への登録が決定されたそうだ。

最初、世界遺産じゃなくて世界文化遺産? と腑に落ちませんでしたが、どうやら世界遺産の三つのカテゴリー「文化遺産」「自然遺産」「複合遺産」のうちの「文化遺産」に選ばれたということらしい。

日本の世界遺産登録としては14件目で、文化遺産としては11件目、産業遺跡としては日本で初めての登録となるそうだ。

当ブログのタイトルの一部が「Worldheritage(=世界遺産)」だからというわけではないですが、この石見銀山について少し調べてみたい。

ウィキの解説では、

「石見銀山(いわみぎんざん)は戦国時代後期から江戸時代前期にかけての日本最大の銀山。鉱脈は石見国東部、現在の島根県大田市大森の地を中心とし、同市仁摩町や温泉津町にも広がっていた。日本を代表する鉱山遺跡として1969年(昭和44年)に国指定の史跡に登録された。」

とありますが、

島根県大田市大森って言われてもさっぱり場所がピンと来ない。グーグルマップで調べてみると、広島県広島市からほぼ真北の方角、日本海にわりと近いあたりに「石見銀山遺跡」というのが見つかった。島根県の大体真ん中あたりです。


で、問題はこの遺跡のなにがどう貴重なのかという点だ。はっきり言ってよく分からない。

石見銀山より夕張炭鉱を世界遺産にしてやれよって単純に思ってしまいましたが、調べて見ると夕張炭山の採炭開始は1892年なのに比べて石見銀山はなんと16世紀前半。

「石見銀山旧記」という書物によれば、「大永年中、博多の商人・神谷寿亭が銅を買うため出雲の鷺銅山へ赴く途中、日本海沖から山が光るのを見た。大永6年(1526)には銅山主・三嶋清右衛門を3人の技術者を伴って採掘し、鉱石を九州へ持ち帰った。さらに天文2年(1533)博多より宗丹・桂寿という2人の技術者を伴い、銀の製錬法を導入した。」とのこと。



その後戦国時代から江戸時代にかけて採掘が盛んになり、中国やヨーロッパに相当の量が輸出されたようです。

その銀産出量は世界でもトップクラスだったそうで、ボリビア(当時はスペイン領)のポトシにあった銀山セコ・リコと世界の銀山の双璧をなしていたっていうんだから、これはもう立派な世界遺産ですよね。

近くには江戸時代の古い町並みが残ってるそうなんで、それも興味を引かれる。というかそっちの方が興味が引かれます…。


きっとニュースで沢山取り上げるでしょうから、その映像を楽しみにしたい。

別に「登録オメデトウ」とか全然思わないけど、外国の人にとって日本のことを知る何かのきっかけになればいいとは思う。


では、長くなりましたのでこの辺で。



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