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老子の説く 「無為」 

昔から好きな老子の言葉を、一部ではありますが、以下紹介したいと思います。老子とは道家学者の始祖とされる人で、よく聞く「道(タオ)」という言葉はこの人に始まるものです。

なお、原文も微妙に異なるものが世にいろいろ出回っており、一体どれが本当なのかよく分からないのですが、そもそも老子の存在自体がはっきりしていないのであまり気にしないことにします。
確かに、老子が孔子を教え諭したとかいう説話もまことしやかに伝えられているのですが、架空人物説も根強くあるようです。一応、紀元前600年ぐらいの人物とされています。

口語の日本語文はいくつかの翻訳例を参考にしながら独自に訳したものです。(かなり参考にしましたが…)


☆☆☆

≪道教24章≫
つま先立ちでは長く立っていられない。
大股で歩いていては長くは歩き続けられない。
自分を表わそうとする者は、かえって他人からは認められない。
自分を正しいとする者は、かえって正しさを認められない。
自分を誉める者は成功せず、自分を誇る者は存続しない。
道の立場からは、これらの行いは、余計な食料、余計な行為であり、
万物はこれを嫌悪するであろう。
従って、道を悟った者はこのようなことはしない。

(書き下し文)
企(つまだ)つ者は立たず、跨(はだ)かる者は行かず。自ずから見(しめ)す者は明らかならず、自ずから是(よ)しとする者は彰(あらわ)れず、自ずから伐(ほこ)る者は功無く、自ずから矜(ほこ)る者は長(ひさ)しからず。其の道に在(お)けるや、余食贅行(よしぜいこう)と曰う。物或(つね)に之を悪(にく)む、故に有道者は処(お)らず。 跂(つまだ)つ


≪徳経77章の一部≫
天の道(自然の摂理)は、余っているものを減らして足りない所を補ってバランスを取ろうとする。人の道はこれとは全く異なり、足りないものをもっと減らして、余っている所に差し出させるのである。一体誰がその余っているものを天下に対して差し出すことができるのか。それは道に生きる者だけが可能である。聖人は、何かを為してもそのことを頼りとせず、功があっても栄誉を受けようとしない。すなわち、賢く思われることを欲しないのである。

(書き下し文)
天の道は、余り有るを損して足らざるを補う。人の道は則ち然らず。足らざるを損して以て余り有るに奉ず。孰(た)れか能く余り有りて以て天下に奉ずるものぞ、唯だ有道者のみ。是を以て聖人は、為して恃まず、功成りて処らず、其れ賢を見(あらわ)すことを欲せず。

☆☆☆


老子の思想は一言で言えば、

「無為自然」ということになるようです。

書き下し文(読み下し文)ですと、かなり分かりにくい部分もありますが、口語文に上手に訳された書籍がたくさんあるかと思いますので、興味をもたれた方は一冊買ってみるとよいと思います。

ただ、かなり抽象的な内容であることを考えると、訳し方に相当個性が出てしまうものと予想されます。私が見た限りでは、結構なばらつきがあります。「天の道」の訳し方などは非常に難しいので、そのまま「天の道」とするのが良いと思いますがいかがでしょうか?

「自然」などと意訳する人もいるようですが、ちょっとニュアンスがずれてしまうような気がします。

2、3冊買って読み比べてみるのがベストかもしれません。

まあ、そんな人はあまりいないとは思いますが…。





   



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