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とりとめもなく、アウソニウスの言葉を吟味す… 

四世紀のローマを生きた詩人であるアウソニウス。
1600年以上経った今も、彼の言葉は生き生きと我々の胸に迫ってくる。

どんな言葉を聞いてもやる気が出ない人にとって、最後の砦ともいうべき言葉。
これでも気持ちがプラスに転じないのならばかなりの重症です…。



☆☆☆


大変な仕事だと思っても、まず、とりかかってごらんなさい。
仕事に手をつけた、それで半分の仕事は終ってしまったのです。

            デキムス・アウソニウス(詩人・著述家)


☆☆☆


神経症治療として有名な森田療法の根幹ともいえる精神を、こんな昔に理解していたことがまず驚きです。森田療法では、今現在の気分をそのまま「あるがまま」に肯定して受け止めながらもそれを第一とはせずに、本来自分が有している「生への欲望」を第一として目の前の必要事に取り組むことによって、神経症の症状を緩和していこうとします。

このアウソニウスの言葉は、その森田療法の考え方を簡潔かつ直截的に言い表したものといえます。

どんなにやる気が出ないことであっても、やるべきと分かりきっているものについては、まず手を付けてみる。この一歩は非常に大きな一歩であり、アウソニウスの述べるとおり、それだけでなすべきことの半分をやってしまったようなものです。

なにしろ、一歩も動かなければいつまでたっても進んだ距離は0。
一歩でも動き始めれば、あとは「勢い」がついて意外なほど物事は進んでいくからです。

気分を専制君主にしないこと。これが大事です。
だからといって理性の出る幕でもありません。

従うべきは、自らの奥底に根強く存在する欲望です。
ただそれに従えばいいのです。

「気分」に屈っしてばかりでは、状況はよくなりません。
気分とは、極論すれば堕落そのものです。

ダイエットに例えれば分かりやすいでしょうか。
だらだらと気分に任せて飲み食いをしていればぶくぶくと太るだけ。

「痩せたい!」という本来の欲望に従順にならないと後悔の念に身を蝕まれるばかり。
ただ、そこで気分を否定するのは間違いなのです。

気分はあくまで自然なものであって、これを敵対視するべきでもない。
敵対視するのではなくて、いわば許してあげるのです。

その存在を許すことによって、その牙は緩やかなものになる。
牢にぶちこんで処刑する必要はない。
ただ、自ら従うべき君主を変えればいいのだ。
従うべき君主をしっかりと見定めて、そのために行動するだけでよいのだ。

従うべき君主を見誤ることがどんなに愚かなことであるかを熟慮すべきだ。


人生はあまりに短い。
気分、気分で生きていたら、それのみであっという間に一生が終わってしまいます。

そんなんで、あなた死にきれますか?
おれは死にきれない。

自らの身体的な老化をひしひしと感じるので、人の寿命の有限さをリアルに感じる。

このまま死んでいいのか、ええ? おい。


どのみち死ぬ身ではある。
死後の世界があるかどうかも不明だ。
だからといって死後の処遇のために現世を生きるのも違う気がする。
今のために今を生きるべきだと思う。
ただ、全ては無に帰すという発想も強く私に迫ってくる。

「一切は無」と悟りきれば野放図になりそうなところだが、
そうなりきれるものでもない。

してみると、一切は無でもないのだろう。


ああ、何も分からないままに生きるこの苦悩!
誰も何も分かってないまま人生を語りだす。

真の賢者はいずこにある!
我に知恵を授けておくれ…。



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