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「理想の女」 豊島与志雄 作  その3 

前回(その2)に引き続き「理想の女」を掲載します。


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理想の女 (その3)          豊島与志雄


私が何か尋ねても碌々返事もしない。そして歯の手術の不愉快なことを、切れ切れな言葉で訴える。訴えた終りには、「みなあなたのせいですよ、よく覚えていらっしゃい、」と止めをさす。私が彼女を殴へりつけたという事実だけが、何時までも残っているのだ。二人が獣のように掴み合ったあの不快な光景は、彼女の頭から消え去ってるかのようである。然し私の頭からは消え去らない。僅かな機縁であの光景が私の頭に蘇ってくる。そして彼女に対する反感――というより寧ろ訳の分らない漠然とした憤懣の情が、むらむらと湧き上ってくる。然し彼女は平然と澄しきっている。最後の止めの一句を云ってしまうと、それで安心しきったように、然しまた凡てから暫く休らいだかのように、「少しお父さんに抱っこしていらっしゃい、」と云いながら子供を私の方へ差出す。「はるに抱かしたらいいじゃないか、」と私は答え返す。一寸諍いが起る。「あなたは子供に愛がないんだわ、」と彼女は云う。……ああ、何という無知な言であるか! 然し、私は彼女ほどは子供を愛していなかったのかも知れない。
 斯かる反目の或る時――みさ子が泣きしきるのを私が知らない顔で放って置いた時、一寸台所に立って行ってた秀子は、急いでやって来るなりすぐにこう云った。
「あなた位勝手な人はない、私に怒ると子供にまで怒りなさるんだから。」
 私は黙って答えなかった。明かにその通りだったのである。私は秀子に対して腹が立つと、子供に対してまで腹が立つのだった。彼女に対する憤懣の余には、子供に当りちらすことさえあった。私はそれが人の父たる態度ではないことを知っていた。然しどうも仕方がなかったのだ。……そして私に対する彼女の不満や反感は、其処から芽すことが多かった。
 私の気分がどうであろうと、また彼女自身の気分がどうであろうと、彼女に取っては、みさ子は絶対的なものであった。
「私はどんなに怒っていても、子供にまで当り散らすようなことはしない!」それを彼女は矜りとしていた。その矜持の地点から、私を見下して軽蔑した。「あなたは私をヒステリー的だと仰言るけれど、子供にまで当り散らす所は、あなたの方がよっぽどヒステリーだわ。」
 然し私には、彼女のような感情の使い分けは出来なかった。職業に対する見解の相違や(その当時私は気楽な職があったら勤めてもいいと思って二三の知人に頼んでいた)、隣近所との交際に対する意見の衝突や、広く道徳上の議論などに於て、互のうちに不融和なものを見出す時、私はいつも陰鬱な気分に沈んでしまった。彼女も口を噤んで反抗的な態度を見せた。そういう時でも彼女は、子供に対してにこやかに笑いかけ、少しもわだかまりのない愛撫を示した。私は冷然とそれを見やった。彼女は私の心を見て取って、わざわざ子供を私の方へ差し出したりした。それは私の気分を和らげんがためではなく、子供を武器として私を頭から圧倒せんがためであった。私がなお冷然と構えていると、彼女は一寸皮肉な微笑とも苦笑ともつかない影を、口元に漂わせた。如何に私が反抗しても、最後の勝利は自分にあると確信しているのだ。それが私は癪に障った。子供が母親の膝の上で、そして私のすぐ眼の前で、訳の分らぬ音声を二三言発しても、声を出して笑っても、急にわっと泣き出しても、私は平然として見向きもしなかった。彼女も遂に我慢をしかねた。私を圧倒せんがための武器は、直ちに神聖なる宝と変った。その宝を軽蔑したという見地から彼女は私を攻撃してきた。
「あなたはこの児を誰の児だと思っていらっしゃるの。まるで他人の児のような態度をなさるのね。」と彼女は云い立てた。
「僕とお前との児だ! 然し……。」
 私は先を云い続け得なかった。私が彼女を憎く思う時には、子供をも同時に憎く思う時であった。彼女に対する憤懣の念を、私は子供にまで押し拡げないではいられなかった。秀子は一寸の隙を見て、親戚や友人の家を訪れることがあった。私はよくその留守居の役を勤めてやった。所がともすると、彼女の帰りは予定よりも延びた。子供は乳を欲しがって泣き出した。初めはるがお守りをした。夕方近くなると、はるは食事の仕度にかかって、私が子守りをした。綺麗なセルロイドの風車を見せたり、護謨の乳首を含ましたり、庭に出たり、座敷の中を飛び廻ったりしたが、しまいには万策つきて、子供を泣くままに任せるより仕方がなかった。秀子は中々帰らなかった。私は憤ろしい心地になっていった。乳の時間も忘れて何処で遊びほうけているのか。子供を愛してると云いながら、子供に空腹の叫びを立てさして平気でいられるのか。……私は怒りで胸が一杯になってきた。そして、彼女に対する怒りで燃え立っている私は、泣き叫ぶ子供に対しても、訳の分らない腹立たしさを覚えてきた。子供を其処に投げつけたくなった。それをじっと我慢しながらも、やけに子供を揺り動かした。子供は更にひどく泣き出した。……秀子は玄関から荒々しく戻ってくる。そして私の手から子供を抱き取る――奪い取る、その眼付には、遅くなって済まないという色は少しもない。子供を泣かしたことを私に責める色ばかりである。私は黙然として、その母と子とに激しい敵意を覚える。そして、醜い反目が初まるのだった。
 然し、私は秀子に対する腹立ちをなぜ秀子だけに限ることが出来なかったのか? なぜみさ子にもその腹立ちを押し拡げたのか? みさ子は自分と秀子との児だと、私ははっきり信じていた。否それは信ずる信じないの問題ではなく、確乎たる事実だったのである。それなのに、なぜ私はみさ子を……そうだ、秀子と自分とを対立さして見る場合に、みさ子を秀子の一部分だとして感じたのか? どうして感ずるようになったか?
 育児は最も大なる務だと云われている。そしてそのことに、私は実生活に於てぶつかったのである。みさ子の出産後七十日ばかりたってから、私は秀子へ向って彼女のだらしない様子を軽く難じたことがあった。その時彼女はこう答えた。
「御免なさい。……でも、子供を育てる骨折りに、男ってものは案外思いやりがないものね。」
 それが初めだったのだ。
 秀子の妊娠中は、妊娠ということに免じて、私は凡てを彼女に許してやっていた。そして分娩ということに対して、敬虔な恐れと尊敬とを懐いていた。彼女も一種の神秘な気持ちで、精神を緊張さしていた。そして分娩という不可思議な危急な輝かしい一点を見つめている私達二人の心持ちには、何等の疎隔も存しなかった。そのままで時が経過していった。愈々の時機がやって来た。私は彼女の枕頭に坐って、彼女の両手を握っていた。二人の心は凡て、握り合った手の中に籠められた。そして偉大なる産みの力……而も案外安々と胎児は生れ出た。私の眼からも、彼女の眼からも、熱い涙が迸り出た。何という崇高な感激だったろう!
 所が、分娩の感激を通り越してから、私達の心は異った方向へ外れ初めたのである。赤児に対する私の恐れは、赤児の発育と共に愛に変ってき、産褥に在る彼女の身体も無事に肥立ってゆき、そして産後六十日ばかりして、私達はまた健全なる夫婦として顔を合せた。然し予期したような生活は、私の前には展開せられなかった。
 否、私は初めから、新たな生活を予期してはいなかったのだ。私が頭に描いていたのは、昔の生活そのままだった。私は生活を更新することを考えないで、秀子の妊娠によって、中断せられた古い生活の復活のみを、考えていたのである。分娩の後に育児ということが横わっているのを、私は勘定に入れていなかった。
 私は私の全部を以て彼女に対しだした。そして彼女も彼女の全部を以て私に対してくれることと、予期していた。その予期が凡て裏切られてしまったのだ。「子供が居るから。」ということは、彼女の最後の而も至当な口実だったのである。
 二人で郊外へ散歩にゆき、または音楽などを聴きに行く――二人の生活を純化し向上するもの――それが殆んど出来なくなったことは、私も別に憾みとはしなかった。私が夜更かしをしてるのに彼女が早くから寝てしまうこと、子供の守りや何かで私の時間が非常につぶされること、それらを不満だとは私も別に思わなかった。然し私が堪え難く思ったのは、生活の凡てが子供によって規定されること、子供を中心にして割り出されることであった。

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