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「理想の女」 豊島与志雄 作  その5 

前回(その4)に引き続き「理想の女」を掲載します。


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理想の女 (その4)          豊島与志雄

夜寝床の中にはいって雑誌を読みながら、余り煙草を吸ってはいけなかった。煙が室の中に籠ると子供に毒だった。雑誌の頁をめくるにも、なるべく静にしなければならなかった。――夜道くまで大声で話してはいけなかった。家の中で友人と談じ且つ飲みながら夜更しをするなどは、殊にいけなかった。八時過ぎになると、私は自分の書斎に退いて、寄宿人みたような態度を取らなければならなかった。――子供が眠っている時には、爪先でそっと歩かなければならなかった。戸棚の抽出を開けるにも、襖を閉めるにも、皆遠慮がちに力を抜いてやらなければいけなかった。夜遅く帰って来ると、宛も盗人のように足音を偸んではいって来、こそこそと表の締りをしなければならなかった。――やたらに嚔(くしゃみ)をしてはいけなかった。もし風邪ででもあると子供に伝染するからであった。――湯には晩にきりはいれなかった。子供を湯に入れるには、私と秀子とが二人がかりでなければならなかったし、昼間子供を湯に入れると風邪をひく恐れがあったし、私共と女中と三人の家内では、朝から晩まで湯を沸しとくのは贅沢すぎるからであった。――私は少し収入の道を講じなければならなかった。一人子供が出来てみると、これから何人出来るか分らなかった。それを考えると、私が父から受け継いだ財産だけでは少し不安だった。私は安楽な就職の口を二三の友人に頼んだ。幸にも思うような所がなかった。それで、文学をやってる友人の紹介で、或る飜訳を少しずつやりだすこととなった。――友人以外の人々と応待する時には、少しく行儀作法に注意しなければならなかった。私はもう書生っぽではなく、一個の父親だったからである。――其他種々。
 子供に代ってそれらのことを規定し割り出すのは、皆秀子自身だった。私は子供のためという名に於て、出来る限りその命に服従した。而もその子供たるや、誰の児であったか!……否、子供は勿論私と秀子との児であったが、結局は誰の所有であり、誰の領有内の者であったか!
 二月(ふたつき)三月(みつき)とたつうちに、まるまる肥ってくるうちに、子供に対する私の愛は俄に深くなっていった。餅のように滑かな肌、深くくびれた手足、絶えず小さな舌をちらちら覗かしてる真赤な唇、笑う度に見える片頬の靨、真黒な濡んだ眸、澄み切った青い目玉、いろんな渋め顔や笑い顔、何とも云えない乳の匂い、日の光に透し見ると、あるかなきかの金色の産毛、しなやかな髪の毛、……それを見ていると、私は自分の胸にじっと抱きしめたくなるのであった。そしては、如何なる場合をも構わずに子供を抱き取り、また如何なる時をも構わずに子供の頬へ唇を持っていった。然しそういう気持ちは、長く持続するものではなかった。三十分も子供を抱いていると、私はすぐに母親へ返したくなった。嫌がるのを無理に子供の頬へ唇を押しあてていると、やがてふいとその側から離れたくなった。
 私はこういう愛し方を、単に気まぐれの愛し方だとは思わなかった。母親の愛を慢性の愛だとすれば、父親の愛は急性の愛だと思っていた。然し秀子から見ると――慢性の愛に浸り込み、半日でも子供を抱き続けて飽きもせず、傍から大事そうに眺めて楽しんでいる、秀子から見ると、私の愛はでたらめな危険なものだと思われたかも知れない。却って子供を苦しめるものだと思われたかも知れない。そして、それに彼女のずるい性質が更につけ加わったのである。ずるい性質だというのが悪いならば、子供を自分一人で所有したいという母性の本能的な策略なのだ。
 私が子供の頬へ自分の頬を持ってゆく。すると、剃り立ての髯を押しつけるのは痛いからお止しなさい、と彼女は云う。――私が子供の口へ自分の唇を持ってゆく。すると、そんなことをすると乳を飲みたがって困る、その上子供が嫌がってるではありませんか、と彼女は云う。実際子供は私の唇をなめて、嫌な渋い顔をしている。――私は子供を抱き取る。抱いてるだけでは満足しない。子供の眼をいじり、小鼻をいじり、頭を撫で廻す。しまいには子供はむずかり出す。そして結局、母親から子供の機嫌を直して貰うか、または子供の機嫌が直ってももう抱いてるのが嫌になるかする。子供を玩具にするのは止して下さい、と彼女は云う。……彼女の云う所は凡て道理である。私は黙って引込むより外に仕方がない。然し、引込んでる私を此度は彼女の方から追求してくる。一寸便所に行ってくる間、一寸手紙を書く間、抱いていて下さいと云って子供を私に預ける。然し便所から出て来ても、手紙を書き終えても、子供を抱き取ろうとはしない。私は嫌になって無理に彼女へ渡す。すると、あんなにいつも抱きたがっていらしたくせに、と彼女は云う。そこで私は二重に封じられてしまうのだ。……封じられた私は、おずおずと子供の方を窺う。子供は母親の膝の上で乳を飲んでいる。私は其処に近寄って、乳房を含んでる可愛いい口元に見とれる。そういう私の様子を見て、彼女は慢らかな皮肉な笑みを眼付に浮べる。それでも私は幸福なのだ。そっと手を差出して、子供の頬辺や乳房を指先でつついては、少しからかってやりたくなる。しまいには、子供の顔と乳房との間に、いきなり自分の顔をつき込もうとする。柔かな肌と温い乳の匂い! すると私の頭は強く押しのけられる。「少し待っていらっしゃい、今飲み初めたばかりだから、」と彼女は云う。私は傍からおとなしく二人の様子を見守る。否それは二人でなくて一人である。子供は彼女の一部分なのである。私は犬が主人の手先を待つようにして、彼女の一部分たる子供が私の愛撫に許し与えられるのを、其処に屈み込んで待つのである。
 斯くて私はいつのまにか、子供に対する権利を凡て、彼女に奪われてしまったのである。而も彼女はそれのみに満足しないで、家庭内のあらゆる権利を奪おうとした。
 子供が出来ない間は、女中は少くとも、彼女の女中でありまた私の女中であった。然しそれも何時の間にか、彼女の女中となってしまったのである。
 私は夕食の時に、時々酒を飲んだ。可なりいける方だったので、その時の気分によっては三合位飲むこともあった。自宅で三合飲むと可なり酔った。酔うと、子供に戯れたい欲求が――彼女の所謂不条理な子供いじめの欲求が、更につのるのであった。彼女はそれを嫌った。そしてなるべく晩酌の量を少くしようとした。私はそれに対抗して云い張った。彼女もしまいには我を折って、では少しと云いながらはるに燗をさした。所が持って来られた銚子の中の酒は、余りに量が僅かだった。私は更に燗を命じた。すると、「まだあったかい、」と秀子が尋ねることもあった。「もうおしまいでございます、」とはるが先に云うこともあった。そして二人はちらりと目配せをした。私はそれを見落さなかった。酒がまだあることをも知っていた。然し彼女等二人の間には前から相談が出来ていたのだ。私はどうすることも出来なかった。――私は煙草が非常に好きで、夜更しをしているうちに困ることがよくあった。それでいつも紙巻は一箱ずつ買わして置いた。所が一箱の煙草が非常に早く無くなってしまった。私は驚いて少し節制しようと考えた。秀子も常から煙草の毒を説いていた。然し俄に量を減ずることも出来ないので、私ははるにまた一箱買うように命じた。所がその一箱は中々買われなかった。そして古い箱の中に、もう空である筈の箱の中に、二袋か三袋かの煙草がいつもちゃんと並んでいた。それも策略だったのだ。秀子とはると二人でした策略だったのだ。私はいつのまにか、意志の上での無能力者として取扱われていたのだ。……そういうことが相次いで起ると、私は自分の云い付けがはるに少しも徹底しないような不安を感じだした。私の命令は、途中ではると秀子との商議に上せられ、そしていい加減に勝手に取計らわれるらしかった。この不安が次第に私の頭へ深くはいり込んできた。そして遂には、はるに用を頼むのも遠慮しがちになった。何たる馬鹿げたことであったか!
 斯くて私は子供を奪われ、女中を奪われて、孤立の自分を見出したのである。そして私の孤立を更に決定的なものたらしめたのは、私に対する秀子の態度であった。彼女は子供を中心にして家庭内のあらゆる機関を立て直し、あらゆる権利を手中に収め、そして子供の名に於て私に服従を求めたのである。私は服従せざるを得なかった。服従した上にも、種々の気兼ねをしなければならなかった。彼女の方には育児という正当な武器があった。私の方には無職という弱点があった。友人の紹介で得た飜訳の仕事も、気乗りがしなくて放り出していた。然し徒食しているのではなかった。その頃私は未来の文明批評家を以て自ら任じ、種々の研究を試みていた。然しそういう当もない机上の勤勉は、彼女の眼には大した価値も持たなかったし、また文明批評家という言葉の意味が空漠たると同じく、私の頭も空漠たる境地を彷徨して、何等確乎たる地盤をも有しなかった。彼女は私の未来を頼りなく思ったに違いない。私自身も実は余り頼り多く思ってはいなかった位だから。そういう不安から彼女は自分の方に責任を感じだし、自分の全権で家庭を立て直そうとしたのかも知れない。そして私を支持してゆくことを考えないで、子供を守り育てることをのみ考えたのかも知れない。然しそういう誤った考えは、まだ第二義的なものに過ぎなかった。根本の問題は、彼女の精神の据え所にあった。彼女はもはや進むということを知らなかった。そして現在の偸安をのみ事としていた。
 女の退歩は、家庭の主となる所から、主婦として安住する所から、初まる。結婚し、子を産み、家庭内の権利を掌握する、其処から初まる。私はそれを知らなかったのだ。それを適当に導くことを知らなかったのだ。そしてただ、彼女のどっしりと落付いたお臀に対して、苛ら立つばかりだったのだ。
 秀子の心は殆んど子供にばかり向いていた。私が何か用を頼んでも、それが満足に果されることは少なかった。私は夜遅く珈琲を飲む習慣があった。秀子が珈琲をいれてくれないと、私の方から催促するのであった。彼女は子供に添寝をしていたが、「はい只今。」と答えたきり、中々立ち上ろうとしなかった。暫く待って見に行くと、彼女はいつしか子供と共に居眠っていた。私は腹が立った。彼女を揺り起して責めてやった。彼女は「済みません。」と云って、そして顔では笑って居た。私は更にその鉄面皮を責めたてた。彼女は子供のことで疲れているのを口実にした。そしてこう答えた。
「はるにさしたらいいじゃありませんか。私ばかりを使わなくたって……。」
 私は声を荒らげないではいられなかった。彼女の方には私の反感が感染していった。一度争論を初めると、問題は拡がるばかりだった。醜い反目が生ずるばかりだった。

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